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2017年12月8日金曜日

エチオピアのミステリー2 「人類発祥の地」は本当か





前回は序章ということで、簡単に『ケブラナガスト』と『エノク書』についてふれました。

Youtubeにも載せました。よかったらチャンネル登録してください。



エチオピアについて言われていることの中には多くの矛盾と誤解があります。
不名誉なレッテルもはられていたりします。

そんな不名誉なレッテルをひっぺがして、真実にせまっていこうと思います。

エチオピアの歴史に埋もれた真実を解き明かすことで、本当に世界がひっくり返るかもしれないと思っています。

今回のテーマは「人類発祥の地」

エチオピアは人類発祥の地と言われているのです。

何度も言いますが、エチオピアについて言われていることは、矛盾と誤解が多いです。

「人類発祥の地」という言い回しもその一つだと思っています。

エチオピアは本当に人類発祥の地なのか・・・。
当たり前のことですが、断言はできません。
誰も人類が発祥した瞬間を見ていないし、
確かめることができないからです。

人類の祖先をさかのぼるとチンパンジーと共通祖先から枝分かれし、
700万年の歴史があると言われている。



まだ分からないことも多く、暫定的な仮説なのですが、
猿人→原人→旧人→新人(現在の人類・ホモサピエンス)へと進化したと
言われています。

そして、人類の進化の主な舞台はアフリカだったと言われています。
長い間アフリカにとどまり、原人や旧人のころにはアフリカから世界へと
拡がりますが、15万年から20万年前ごろにアフリカで誕生した新人(現在の人類)が
世界中に拡がっていき、原人や旧人は姿を消した。

それが最も妥当な説であるとされ、教科書にもそのように書いてあります。

エチオピアが「人類発祥の地」と言われている理由の一つは、猿人の化石が多数発見されているからです。
化石人骨がたくさん見つかったという理由で
エチオピアのアワッシュ川下流域はユネスコの世界遺産になっています。

余談ですが、エチオピアはアフリカで最も世界遺産の数が多いのです。
イスラエルと同じ数の世界遺産があります。
(ユネスコ様に認定していただくことと実際の価値は別なのですが・・・。)


そして、エチオピアで人類が発祥したという説を支えているとされるのが
まとまった化石人骨の発見と、その象徴でもある「ルーシー」



ルーシーは320万年ほど前の「猿人」の化石です。
エチオピアでは大きな歴史の変わり目にあたる1974年
エチオピア皇室が終焉する年に発見されたルーシーは
今でもエチオピア国立博物館に展示されています。


ここまでは、我々の知っている「常識」の話です。

エチオピアで人類が発祥したという根拠は乏しいのです。

化石人骨がまとまって見つかっているのは、偶然その地域の環境が
化石を化石として残しているだけなのです。
他の国で人類が発祥していても、骨が土に返って残っていないだけかもしれないのです。

実際には猿人の化石人骨はケニアやタンザニアや南アフリカの地域でも発見されています。

化石が発見されることによって、その場所で人類が発祥したことにはならないのです。

そんなことを言うと、エチオピアの人を傷つけるでしょうか。
エチオピアの誇りを奪ってしまうでしょうか。

答えは「NO」です。
むしろその逆です。

ルーシーの骨を拝みに来るのは外国人ばかりです。
化石人骨が発見されたことを根拠にして
エチオピアを「人類発祥の地」と言い始めたのは西洋人なのです。

エチオピアの人は、ルーシーが自分たちの先祖だとは
これっぽっちも思っていません。
(全員ではないですが)

二足歩行をする猿に人間のような名前(しかも西洋人の名前)を付けて呼ぶことに抵抗を感じる人もいます。

それはなぜか。

真面目なエチオピア正教(エチオピアのキリスト教)の信徒であれば、
今の人類が猿から進化したと思っていないからです。

それは、旧約聖書『創世記』に
「神が自分の姿に似せて人間を創った」と書かれているからです。
人間は尊く、動物とは全く違うと理解しているからです。

猿から人間に進化したというダーウィンの進化論を
我々は受け入れています。

聖書と進化論はどちらが正しいのでしょうか。
その答えは出せませんが、ダーウィンの進化論が完全ではないことは
明らかです。

ダーウィンは、生物進化のプロセスに関して重要は議論をしていますが、
例えば、木があって、枝葉の色や形が変わることがあっても、
木は木のままなのです。

それでも数百万年もの歳月が猿を人間に進化させることがあるのでしょうか。


実際には今の人類に直接結びつく、進化の途中段階の化石は
発見されていないのです。ミッシングリンクと呼ばれています。


それでもエチオピア人の中にはエチオピアを「人類発祥の地」と認めている人もいます。
(全員ではありません)

その場合、理由が違うのです。

化石人骨の発見を根拠にして「猿人」が発祥した

という理解ではなく、

現在の人類(ホモサピエンス)がエチオピアで発祥したという理解なのです。

⇩ここではなく


⇩ここなのです



⇩ここではなく

⇩ここなのです。



ミッシングリンクの部分で、神がこの世界に働きかけたという歴史が
重要なのです。


正しいかどうかはさておき、化石を根拠にした「猿人」のエチオピア発祥説ではなく、
聖書を根拠にした新人(現在の人類・ホモサピエンス)のエチオピア発祥説は、
エチオピア人の中では一定の支持を集めています。

しかし、カトリックやプロテスタントの聖書からはそのような推測は成立しません。
エチオピア正教の聖書は違うのです。
聖典の中に『エノク書』が含まれているのです。

『エノク書』を書いたエノクは、『創世記』を書いたモーゼよりも昔の人です。
そしてエチオピアの言語で書かれた『エノク書』が現在まで聖典として
残っていることなどを根拠として、エノクはエチオピア人であったと考えているエチオピアの人がいます。
それが、現在の人類(ホモ・サピエンス)は、エチオピアで発祥したという説に繋がるのです。
(誤解のないように書いておきますが、エチオピア正教では『エノク書』を聖典として大切にしていますが、『エノク書』を根拠にして人類の「エチオピア発祥説」を唱えている人はその中の一部です。エノクがエチオピア人だったと考える人もいれば、イスラエル人だったと考えている人もいます。)

極端な言い方かもしれませんが、エチオピアを除いた世界は『エノク書』を認めていません。
そして、エチオピア人が認めていない不完全なダーウィンの進化論と、化石の発見を根拠にして、エチオピアに「人類発祥の地」という看板を押し付けているのです。

猿から進化したとは思っていないのに、
こんなふうにルーシーを復元してみせ、「お前たちの先祖だ」と言われたら、どんな気持ちでしょうか。この写真は東京の国立科学博物館で展示されたルーシーのようです。発見されたルーシーの化石には顔が復元できるほどの頭部の骨はありません。





ダーウィンの進化論は、我々の生きている今の世界を考える上でとても重要だと思っています。
聖書を信じてるなんて、文明が発達していない証拠だ・・・と考えてしまいがちなのも、
近代化が進んでいない国の人間は劣っているに決まっている・・・と考えがちなのも、
人間は進化をするという空想を抱いているからだと、私は思っています。

神や聖書を笑う側の人たちの、度肝を抜くような発見をしたのです。




最後に余談ですが、イスラム教はエノクを重要な預言者の1人として認めています。

今後もエチオピアのミステリーを解き明かしつつ、エチオピアに張られた不名誉なレッテルをひっぺがしていきます。




―笑われていこうぜ、75憶分の1の人生―






インスタグラムをはじめました。
決して悲しみや絶望が横たわっているだけではない現地の写真や動画を公開しています。
https://www.instagram.com/umino3zok/



2017年12月6日水曜日

エチオピアのミステリー1 序章

この2年ほど、エチオピアについて研究しています。
テーマはエチオピアの開発についてです。英語教科書を分析し、開発計画がどのような言説として展開されているのか、そして、農村という小さな世界が、国際社会とどのように結びついているのかを調べています。

エチオピアの研究をしていて、いろんな謎にぶち当たりました。

「エチオピアはアフリカで唯一植民地になっていない」と、言葉だけ聞くと、へぇ~、すごいな~と流してしまいがちですが、その理由は何なのか。
エチオピアについて言われていることのほとんどは表面的なところで、多くの誤解もあります。

例えば、1930年代にエチオピア皇室と日本人女性の結婚話がありました。
これをシンデレラストーリーだと思っている人が結構います。

三千年続いた皇室・・・想像力を膨らませれば、どれだけ凄いかが分かるはず。
もちろん2600年の歴史を持つ日本の皇室も凄い。

そして誤解の多いエチオピア人について。
私も初めてエチオピアに行ったときは、「支援依存体質」だとか、「競争心がない」とか、勝手なイメージを持ち、誤解していました。

「彼ら」をもっと知るために、エチオピアの歴史や宗教について調べました。

浮かび上がってきたのは、
エチオピアには、世界をひっくり返すほどの「何か」が眠っている!!ということ。

その謎を解く手がかりは、
『ケブラナガスト』と『エノク書』でした。
この2つは、エチオピア人のメンタリティに近づくためには絶対に知っておいた方がいいです。
(エチオピアには80以上の民族が住んでいて、極めて多様なので、エチオピア人と一括りにはできないのですが)ナショナルアイデンティティと強く結びついています。
これから少しずつ解説してみようと思います。

ケブラナガスト


エノク書



そして知りました。
エチオピアは本当に特別な国であると・・・。

『ケブラナガスト』も『エノク書』も、意図的に封じ込められているのではないかと思ってしまうような内容です。
もし私が消されたら、「あいつは知りすぎた」と思ってください。
そして真実に近づいたのだと察してください。
半分本気です。


ラリベラの岩窟教会群や、アクスムの考古遺跡群にも行きました。






そして、信じられないような発見をしました!!
世界がひっくり返るかもしれないような発見をしたのです。
大げさではないです。本当なんです。だけど、どれだけ叫んでも信じてもらえない世界が悲しい。自分でも受け止めきれないほどの発見でした。

さらに驚いたことに、この発見をしたのは、自分が初めてではありませんでした。
私よりも先にこの発見をした人がいました。

尾田栄一郎。

ONEPIECEの作者です。

私の発見は、ワンピースの答えと完全に一致していました。
海賊王ゴール・D・ロジャーは、ログポーズ(次の島を指す方位磁石のようなもの)の示す最後の島で、ラフテル(見えない本当の最後の島)の存在と古代文字の謎に気付いて、冒険をやり直した。そしてラフテルへ上陸し、歴史のすべてを知った・・・。

ログポーズの示す最後の島を現実世界に当てはめるとすれば、間違いなくエチオピアです。
信じられないことですが、エチオピアの歴史や宗教を調べていると、本当に、見えない最後の島、最果ての島「ラフテル」が浮かび上がりました。
私は実際にラフテルへ行きました。ちなみにバスで行きました。バス停からは少し歩きました。今では昔の繁栄の影はほとんど残っていませんが・・・。空白の歴史に隠された巨大な王国についてもこれから書いていこうと思います。

エチオピアには、ポーネグリフ(碑文の刻まれた石)があり、エチオピアの歴史は、焼失したオハラ(古代アレクサンドリア図書館)に納められていた書物と繋がっていると言われているのです。



大発見を裏付ける証拠を集め、本を書きました。
証拠を集めている間にもいろいろな発見がありました。
ONEPIECEに出てくるサンジ(金髪でぐるぐる眉毛の料理人)が探しているオールブルーも、道化のバギー(ピエロのようなキャラ)が探しているキャプテン・ジョンの宝も、エチオピアの歴史の中に答えがありました。






今日は序章です。
これから、驚くべきエチオピアのミステリーの数々を、ONEPIECEを知らない人にも分かるように紹介していこうと思います。



―笑われていこうぜ、75億分の1の人生―






2017年11月18日土曜日

路上からの再出発(3つの発表)

私が初めて「途上国」と呼ばれる国へ行ったのは、2013年のハイチでした。
そこから現地での活動が始まりました。

出発する前からの構想を含めれば、2012年頃からなので、もう5年が経ちます。
「貧困」に対して何ができるか、と考え、まずは知ることから始めようと思いました。

貧困問題を解決するために活動しているNPOのホームページや、各地の小さなプロジェクトやニュースの記事を日本語に訳して紹介するようなことをしました。まだ出発前でしたが、ハイチの国内避難民キャンプでの強制退去を止めさせようというプロジェクトの動画を作ったりしました。(クオリティ、内容ともに恥ずかしくて見せられるようなものではありません)
当時住んでいたカナダで、ホームレスのシェルターや、孤児院を訪ねて取材を試みたりしました。(そのほとんどはうまくいきませんでした)

このブログを書き始めたのは、2013年の5月ごろからなのですが、最初に立ち上げたブログは別のタイトルがありました。
「貧困問題と戦う俺とワンピースとヒップホップ」
これが最初に付けたブログのタイトルです。
なんで、そのようなタイトルにしたかと言うと、特にたくさんの人に見てもらいたいと思っていたわけでもなく、貧困問題について語るとしても、別に専門的な知識があったわけではなく、等身大の自分で、思ったことを素直に書こうと思っていたからです。

当時の自分は、貧困問題への関心以外に、ワンピースとヒップホップでできていました。

もう古いブログは消してしまったのですが、自分が調べたことをコツコツと書き溜めていたので、消さなければよかったなぁ、と少し後悔しています。

旅に出発するにあたり、良識のある友人にアドバイスをもらい、今の「世界の貧困を伝える旅」というタイトルで新しくブログを書き始めました。

そしてハイチ、コロンビア、ブラジル、南アフリカ、ジンバブエ、ケニア、エチオピア、レバノン、インドへ行き、現地のNPOや小さな団体でボランティアをさせてもらいながらブログをコツコツと書いていました。

今は現場の経験だけではなく、素人と言わせないくらい本を読んで、いろんな人の話を聞いて、完全にアップデートされているはず・・・だと思っています。昔の投稿を見て、未熟だったなぁ、勉強不足だったなぁ、と感じるので、そうなんだと思います。


2014年の3月に帰国してから、福島へ行きました。
福島では仕事をしながら、2年間を過ごし、ときどき週末に仮設住宅での催しやお祭りのスタッフとしてボランティアをさせてもらいました。ビニールハウスを解体したのも懐かしい思い出です。

これからどうやって生きていこうか。何をすれば、自分は満足できるのだろうか。
NPOか、途上国ビジネスか、・・・いろんな国のことを学ぶことができたのは、良かったところでもあるけれど、次の活動が選べなかった。アフリカに行って、シリア難民のことはもう忘れていいのか。福島はとはもうこれっきり終わりなのか。
そもそも自分はどこから出発したのか。自分の家族からだ。貧しかった。人に言えないような不幸があった。社会の仕組みを恨んでいたはずだ。

何度か東京で話す機会をいただき、気付いたことがあった。拍手をもらい、知り合いが増えるが、それで何か変わるのか。高貴な言葉を並べ立てて、賢い人間に褒められて、自分はステータスでも欲しがっているのか。経済開発も国際援助も多様性を否定するエリートの描いたシナリオだというのに、結局エゴイズムに飲まれて、同じことをやるのか。自分の嫌いだった人間になろうとしていないか。

おまえはスラム街で、難民キャンプでいったい何を学んだ?保身に走るのか?おまえはダセーな。
そんな言葉を自分にぶつけ続けた。

腐り果てた世の中と戦うことを止めてはだめなんだ。

組織の枠組みや国境も関係ない、エリートを喜ばせるロジックを語らなくてもいい、自由に、いろんな痛みや希望を表現する生き方があるはずだ。

日本も含めて世界と呼び
「貧困」と言われているが、それは作られたもので
人間は多様性に満ちあふれていて美しいんだと
叫びたい。

教科書には書いてない世界の模様を描きたい。

丈夫な体さえあれば、それで十分だ。シンプルでいい。

詞を書いて、歌を歌うという道を選ぶことにした。

もうすぐアルバムが完成します。
アルバムのタイトルは「世界の貧困を伝える旅」です。

シリア難民キャンプで見てきたことも、福島で過ごした2年間のことも、地元への想いも、これまでに3度訪れたエチオピアの村のことも、言いたいことは全部言いました。
貧しさとは何か、豊かさとは何か、人間とは何か、そして人間はどこへ向かっていくのかを、自分というフィルターを通して、自分の言葉で、自分の声で表現しました。
それが今日の1つ目の発表です。

11曲74分 1500円






そして2つ目の発表です。

福島を離れてから、住所は東京になりましたが、ずっとエチオピアの研究を続けてきました。それは、自分が取り組みたい大きな課題の1つでした。

最初は小さな問いからスタートしました。
なぜ、エチオピアは他の国よりも多くの国際援助を受けているのか。昔から私のブログを読んでくれている人は、知ってくれているかもしれませんが、自分にとって因縁の相手と決着を付けたいと思っていました。

そしてエチオピアを知れば知るほど、面白かった。エチオピアの魅力に引きずり込まれていった。

とうとうエチオピア研究が行き過ぎて、どうしてエチオピアはアフリカで唯一、植民地にならなかったのか。1930年代のエチオピア皇室と日本人女性の結婚話の裏でいったい何が起きていたのか、そんなことまで調べていました。

そして、ある発見をしました。
それを本にしました。

本のタイトルは、

ワンピースは実在している










amazonに出しました。まだ入荷待ちと書いてあるかもしれませんが、購入手続きはできるようになっていて、数日以内には届くと思います。興味のある人は買ってください。



これは本当に驚くべき内容です。ギネス認定されるほど多くの読者がいるワンピースですが、まだ誰も答えを解っていません。それを世界で一番最初に解き明かしてしまいました。本当にこれは、自分にとって奇跡としか言いようがない発見でした。そういう説もありえる、というレベルのものではなく、これ以外に正解はない、という答えを書きました。世界をひっくり返す宝と言われているワンピース(ひとつなぎの大秘宝)です。
現実の世界では、システムに殺されている人はたくさんいますが、誰もシステムは変わらないと思っています。ワンピースという宝は、それを変えるかもしれないものでした。エチオピアを知らなければ、絶対にたどり着けなかったと思います。今年2017年の1月ごろにリアルなワンピースの存在を見つけ、黙っていようかどうしようか、一応は悩みましたが、エチオピアを知ってもらう機会にもなるし、発表することにしました。大人向けに書いたので、子どもには多分読んでも分からない内容だと思います。

いかだ舟で外の世界に出発した自分が、まさかワンピースを見つけるなんて、何て人生はドラマチックなんだと、今年は本当に幸せな気分を味わいながら無職でした。




それから3つ目の発表です。

これから私は、「世界の貧困を伝える旅(CD)」と自著『ワンピースは実在している』を一応アマゾンでも買えるようにしますが、両方とも自主制作なので、販売ルートも何もありませんので、路上に出て、コツコツと売っていきます。
SNSのタイムラインでスクロールされて終わらないメッセージを、賢くキーボードを弾いただけでは届かないような人へ、伝えるんだ。そして地道に世界を変えてやるんだ。スラム街で学んだことは人生で表現する。

これが本当の「世界の貧困を伝える旅」になります。
CDを売った枚数が、伝えた数だと思うと、気持ちが高まります。とりあえず最初は東京近辺を考えていますが、日本全国どこでも行こうと思っています。




こうして、2012年に構想し、誰からも相手にされなかった「貧困問題と戦う俺とワンピースとヒップホップ」が、奇跡的に形になりました。海賊王と呼ばれるようになる日を楽しみにしてます(笑)。

CDを聴いてくれた人の感想を聞いたり、本を読んでくれた人の感想を聞いたりしようと思って、ツイッターのアカウントを作りましたので、フォローよろしくお願いします。

https://twitter.com/umino3zok




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