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2013年7月29日月曜日

地域支援のためのコミュニティーセンターでの食べ物、衣類、家、教育の優先順位



これまでに紹介してきたとおり、Angeles de Medellinのある地域は、緊急の支援が必要な問題が次々に起こります。

食べるものがない。

着る服がない。

家が崩れた。

薬が買えずに死んでしまう。

娘を売っている。

親が逮捕された。

など、緊急事態に陥った家庭が、最後の助け舟を求めて相談に訪れます。



どれだけ支援に充てるお金があるかは、完全に寄付金に依存している状態です。


寄付金は、各国から訪れるボランティアスタッフがプログラムに参加するために支払ったものが直接、食べ物や薬を買ったり、家の屋根を修理するために使われます。


Angeles de Medellinが教育に使うことのできる資源は限られているのです。



コロンビアでは、長期間国内で紛争が続いたことにより、親を失った人や教育を受ける機会に恵まれなかった人達が、現在も貧困に苦しんでいます。


そして、貧しい地域の人はさらに教育を受ける機会に恵まれず、貧困から抜け出すことができないのです。そこで生まれた子供達、さらにその子供達へと、貧困は続いていきます。

十分な教育を受けることのできる環境を政府が作り出すことができるまでは、彼らは永久に貧困から抜け出すことができないのです。



教育の重要さには気づいていても、小規模なコミュニティーセンターで、食料などの緊急の支援を行いながら、教育的な支援を行うための資金を捻出することは難しいのです。


そんな中で、マルコスが数年前から始めた、無料の英語クラスは非常に革新的な進歩であると言えます。

コロンビアの、しかもスラム街にいながら、無料で英語を学ぶことができるのです。しかもネイティブの人から直接学ぶことができるのです。

しかし、さらなる教育の機会が必要です。


寄付された4台のパソコンではタイピングの練習や、ペイントでのお絵かきをすることができますが、十分な職業教育とは言えそうにないです。


また、コミュニティーセンターに来る子供達のほとんどは粘土で遊んだり、サッカーをして遊んでいます。心を育むために重要な機会ではありますが、もっと将来に繋がる教育の機会を増やすことが必要です。


資金がない中で、教育の機会を増やすためには第三者による、別の角度からの支援が必要であろうと考えています。


Angeles de Medellinの資金の使い道として、食べ物や衣類、薬の支援が最も優先順位が高く、そのための資金が必要だというマルコスに対し、教育面での支援をするためのプロジェクトをしたいということを納得してもらうための交渉が最後まで難航しました。


最後の日も、プレゼン資料を持って山奥にあるAngeles de Medellinへ行ってマルコスと話をしてきました。


論点は、何かを寄付するような味気ないものではなくて、魅力的なプロジェクトを作り、それによってAngeles de Medellinが変わっていくようなものにしたいという願いを込めて、前回の案に加えて、いくつかの提案をさせていただきました。

前回の案はこちら
http://travelfortellingpoverty.blogspot.com/2013/07/blog-post_20.html



この山奥へインターネットを整備し、各国から来るボランティアというリソースを生かして、情報の継続的な発信とさらなるボランティアスタッフの確保を狙う








子供達の多くは午後から施設へ来るので、ボランティアスタッフにとって、午前中はほとんどすることがないのです。

マルコスが毎日誰かを指名し、世界へ向けて、情報を発進してもらいます。

発進する内容は

この地域で起きていること。ボランティアスタッフの紹介。施設の子供達の様子。など。

Angles de Medellinでは、様々な国から、それぞれの背景を持ったボランティアスタッフが参加しています。未だに危険なイメージの強いメデジンで、安全に活動をしていることを見せていくことで、参加しやすさをアピールします。

これまで北米、南米、ヨーロッパの国々の他に、インド、パキスタン、韓国などのアジア諸国やアフリカ諸国からもボランティアプログラムへ参加した方々がいらっしゃいます。日本人は私が2人目だそうです。

この「時間」と「人」のリソースを使わない手はないと思います。


これまでマルコスが忙しい中でできなかったことを、ボランティアスタッフの手が空いている午前中の時間を使って、やってもらいます。



各国からのボランティアプログラムへの参加者が増えれば、次のメリットがあると言えます。

1、優先順位の高い食料、衣類、薬、家の修理などの支援に使うことのできるお金が増えます。

ボランティアスタッフはプログラム参加費30000ペソを支払います。これが直接支援へと使われています。プログラム参加者が増えれば、支援に使うことのできるお金も増えるのです。


2、英語クラスの質が上がります。

ボランティアスタッフが増え、生徒1人に対して1人のボランティアを付けたマンツーマンでの英語教育が可能になれば、コロンビアの国内の、しかもスラム街にいながら、海外の英語学校へ通う以上の英語教育を行うことができるようになります。しかも無料です。

また、XOタブレットを辞書として使うことができれば、分からない単語の意味などをすぐに調べることができます。

1年以上英語クラスに通っている生徒と、通い始めたばかりの生徒では英語力に差があり、どうしても授業がスムースに進まないことがあります。XOタブレットを使えば、数秒で分からない単語の意味などを調べることができるのです。

また、インターネットとXOタブレットを使って、リスニングの授業や映像教材を使った授業もできるようになります。


XOタブレットとインターネット整備をし、ボランティアスタッフというリソースをうまく使って教育とマーケティングの両方に革新的な変化を起こすというプロジェクト案になっております。

富裕層人口(1億円以上の資産を持つ人の数)がアメリカに続いて世界2位の市場を持つ日本のメディアへ出ていくことで、新しい市場で新たな資金提供者との繋がりを持つことができる可能性が開けてくるかもしれません。

海外NPOと日本市場を繋ぐ。
日本市場からの支援の流れを作り、世界の貧困削減を前進させる。

私が目指しているのは正にそれなのです。

最後の最後まで粘り強くプロジェクトの魅力を訴え、なんとか納得していただくことができました。


これからファンディングサイトへプロジェクト案を投稿していくこととなります。


取り扱ってもらえるように祈ります。






2013年7月22日月曜日

コロンビアのストリートチルドレン②


望まれない子供達、壊れた家、父親のいない家庭、その日暮らし、虐待、教育をうけてない、字が読めない、空腹、絶望、スラム居住、ゴミ拾い、過密、ホームレス、失業、売春、汚れ、道徳的墜落、強制退去、犠牲者、泥棒、暴力、遺物。。。


これらは、貧しい家庭の子供達や家族のことを表現するときに使われるいくつかの言葉です。








「The People's Advocate」の統計です。(1998年)

-Unicef 2006 and ICBF2006


人口


コロンビアでは、18歳以下の子供は16,233,000人います。これは全人口の41.5%です。このうち、38.9%にあたる6,500,000人が貧困と言われるレベル以下の水準の生活をしています。


17.5%にあたる1,137,500人の子供達は絶対的貧困と言われるレベルの生活をしています。




虐待される子供達

およそ7,859,673人の子供たちが虐待を受けたことがあると言っています。

850,000人は深刻な虐待にあっており、そのほとんどは5歳から14歳です。




働く子供達

12歳から17歳の1,700,000人の子供と6歳から11歳の80,000人の子供が働いています。80%が非公式なセクターで働いています。

12歳から13歳の働く子供の50%近くが収入を得ていません。

14歳から17歳の働く子供の50%は、最低賃金の半分しか得ていません。





早期の妊娠

1998年、19歳以下の20%以上が妊娠したり母親になっています。これらの母親は十分な教育を受けていません。わずか30%しか初等教育を終えていません。

流産は母親の死亡原因のうち3番目に高く、2番目に高い原因は入院によるものです。





死亡

1日に12人の子供が死んでいます。5人は殺され、3人は交通事故、1人が自殺し、3人は全く別の事故によるものです。


身体的虐待

1年間で9,500件の身体的虐待があり、9,300件の性的虐待が起きていると言われています。




犯罪

30,000人近くの若者が犯罪を犯し逮捕されています。





誘拐

2日に1人の子供が誘拐されています。



教育

100人のうち30人の幼児期の子供が学校へ出席し、小学校へ入学した生徒100人のうち、60人しか初等教育を終えることができていません。

2,500,000人以上の子供は、危険な環境で働いており、ほとんどが学校へ行っていません。

小学校中学年程度の教育を受けた35%しか、読み書きができません。

12歳から17歳の子供達の47%しか高等学校へ出席していません。その84%が都市部で生活をしています。

わずか30%しか高校一年生程度の教育を終えていません。





武力紛争に巻き込まれる子供達



調査に応じてくれた子供の18%が少なくとも1人は殺したことがある。


60%が誰かが殺されるのを見たことがある。



78%切り刻まれた体やその一部を見たことがある。



25%が誰かが誘拐されるのを見たことがある。



13%が誘拐されたことがある。



18%が誰かが拷問されているのを目撃したことがある。



40%が少なくとも1回は誰かに向けて銃を打ったことがある。



28%が怪我を負わされたことがある。



性的虐待

性的虐待は精神的なものや社会的背景により公言することが避けられているため、その全てが知られているわけではない。

最も性的虐待の危険にさらされるのは5歳から15歳の子供である。

70%から80%の性的虐待は、信用していた人や愛していた家族など、知っている人による犯行である。

1986年から1998年の間に、性的な搾取の被害にあう少年少女の数が、600%増加している。

一般的に、これらの子供達は家庭内暴力、育児放棄、性的虐待、教育システムからの排除による被害者であることが多い。



暴力による排除

過去10年間、国内での武力衝突により、700,000人の子供達が居場所を失っている。




Source : The Challenge (Formando Vidas)



データが古いですが、今のコロンビアの大人たちはこのような環境で育っています。

メデジンカルテルの解体後、状況は劇的に改善されていますが、今でもスラム街があちこちに点在し、武力衝突が長期間続いたことにより、教育から排除されてきた子供、父親がいなかったり、複雑な家庭で育ってきた子供達の多くが、現在のコロンビアの貧困層を形成しています。










2013年7月18日木曜日

貧困層への教育について考えてみる in Colombia






大学で学生に日本語を教えるのと、貧困層の子供に日本語を教えるのは全然違うと思うんすね。





日本は世界の中でも経済規模は大きく、世界各国と様々な取引があります。

大学で日本語を勉強すれば、その能力を生かして職業選択の幅は広がります。

また、日本について学び、日本を好きになった学生は、将来日本に旅行へ行ったり、日本の商品を好んで買う可能性があります。

これは日本経済にとっても良いことだと思います。



貧困層の子供が日本語を覚えたところで、飯は食えません。


日本へ留学させたり、日本企業や、日本企業と取引のある企業へ雇用させるまで面倒を見ることができれば話は違いますが、言語習得は簡単なものではなく、あいさつと自己紹介ができたくらいでは全く意味がないと思ってます。


日本語を技能として生かすほどの能力を身に着けさせるためのカリキュラム構成や先生の指導を行い、その後の進路まで明確に管理できないなら、貧困層への日本語教育はしないほうがいいです。


可能性のある子供達の貴重な勉強の時間を何の役にも立たない日本語の教育に使うのは本当にかわいそうです。


英語教育だったら役に立つのかと言えば、これも違います。

同じように、しっかりしたカリキュラム設計と能力を生かした就職先の斡旋ができなければ、ほとんど無駄な時間になってしまいます。

ただし、英語の場合は英語圏への亡命や、情報収集の幅を広げる可能性が、日本語に比べると少しだけあります。


言語教育は、その言語を話す人にとっては、関わりやすく、スタートしやすい支援の仕方ですが、結果を追及していくためには多くの労力を必要とします。


直接収入の機会を作ることのできる実践的な大工仕事や、農業などの技能教育が、貧困層へは有益な教育になると思っています。





Angles de Medellinは英語教育を行っています。


熱心に毎回授業へ参加している生徒は、下手ですが英語を扱うことができます。

ただ、職業能力として考えると、物足りないのは事実です。


コロンビアの大学でしっかり英語を身に着けた人には当然かないません。


Angeles Medellinの英語クラス



Angeles de Medellinの英語クラスには、1つ別の目的があります。


それは、ボランティアスタッフを各国から参加させることです。


「英語を教える」という目的を持った人が、30,000ペソ(1600円くらい)を支払ってボランティアプログラムに参加します。



このお金で、貧困層の家庭に、食料、衣類などを支援しています。



Angeles de Medellinのような小さなコミュニティーセンターでは、できることに限りがあります。



直接的な収入の機会を追及するのはとても難しいのです。


大工や農業の教育はスタートするために多くのお金が必要で、費用が掛からない言語教育ということになるのですが、

Angeles de Medellinが力を入れているのは、それだけではありません。

そして、それは貧困層の子供たちに最も必要な教育かもしれません。



それは『教養』を身に着けさせることです。




Angeles de Medellinは学校ではありません。コミュニティーセンターです。



ここへ通う子供たちのほとんどは複雑な家庭の中にいます。


メデジンでは、メデジンカルテルや、FARCなどによる内紛で親を殺された子供や家族が本当にたくさんいるのです。


また、若い世代は麻薬組織メデジンカルテルが行ったことや、コロンビアにもたらした脅威について学校で学んでいるので、パブロエスコバルを『悪』と認識していますが、

麻薬取引で作った巨額の資金を貧しい人達に渡して、人殺しをさせていたパブロエスコバルを『英雄』のように思っている人が、彼らの親の世代の中にいます。貧しい家庭にその傾向が強いようです。


このような環境の中にいる子供達が自然に教養を身に着けるのは難しいのです。

教養を身に着けさせることで、さらに次の世代が同じ過ちを繰り返さないようになります。


Angeles de Medellinでは、子供達が元気に楽しく遊び、人とふれあいながら、教養を身に着ける機会を提供しているのです。


ちなみにAngles de Medellinの子供達は、トイレに行ったら手を洗います。

あいさつは勿論、何かをしてもらったときに、「ありがとう(Gracious)」を必ず言います。


マルコスの指導と、人との触れ合いの中で、自らの豊かな未来を作るための基礎となる『教養』を身に着けているのです。












2013年7月16日火曜日

山奥のスラムへ出動(初日)、ココはこの世の底か。

今日はメデジンの山奥のスラムにある「Angeles de Medellin」に初出勤しました。

Angeles de Medellinの活動はこちら。
http://travelfortellingpoverty.blogspot.com/2013/07/angeles-de-medellin.html



メトロで45分くらい。ACEVEDO駅からケーブルカーで山を登り、そこからバスに乗って、スラム街をどんどん奥へ進んでいきます。

駅から離れるにつれて家のクオリティーが下がります。

ほとんどの家が急激な斜面に無理やり建てられています。

地盤も不安定なので、大雨が降ると崩れる家や、天井が腐って屋根が崩れ落ちてる家などがあります。



Angeles de Medellinの管理人マルコスは本当にいい人で、バスに乗ってるいろんな人とすぐ仲良くなり、道を歩いてる人みんなに声を掛けています。

バスの運転手も警察の人もみんなマルコスを知っています。


Angeles de Medellinの横には警察の駐在所。


施設へ行くと、まずは机と椅子を並べるところから1日の仕事が始まります。今日からしばらくここへ出入りします。

Angeles de Medellin コミュニティーセンター



ほとんどの子供達は近くの学校へ通っています。

このエリアの学校は午前中もしくは午後だけなので、学校が終わった後の時間に最も多くの子供達が施設を訪ねてきます。

ちなみに地域の学校では、教師の質も悪く、教育レベルが低いようです。

施設へは、子供達の他に、生活に困ったり、悩みを抱えた家族がマルコスを訪ねてきます。





マルコスからいろいろとエリアの事情について聞くことができたので紹介します。


誰も信じるな!

外国人は誘拐や強盗のターゲットになりやすいです。
危険なエリアへは絶対に行かないこと。

特に2人乗りのバイクには気をつけろ。行動を把握した後に、日中に誘拐を仕掛けてくるそうです。



目と鼻の先にギャングの本部

メデジンカルテルやFARCの元兵士、地域の無法者などで構成されるギャング。コロンビア革命軍や民族解放軍は巨大な軍事テロ組織であるが、準軍事組織として現在メデジンで勢力を誇っている代表的な3つのギャング組織がある。

Oficina de Envigado 
Los Rostrojos
Los Urbanos


このうち、Oficina de Envigadoの本部がAngels de Medellinから5分くらいのところにあります。


メデジンでは、8年前にマルコスが来てから現在までに15,000件の殺人事件が起きています。

本当にヤバいそうです。


マルコスも2006年に、ギャング関係者から、「Angeles de Medellinに来るな、来たら殺す。」と脅迫されていたそうです。

脅迫した男は現在、刑務所で服役中。


また、3年前には近くでOficina de Envigadoがバスを爆破したそうです。


さらに、Angeles de Medellinのボランティアスタッフがタクシーから写真を撮ったところ、10人くらいに車を囲まれて、襲われた事件や、バスからカメラで撮影したところ、バスへ乗り込んできて襲われた事件があったそうです。


カメラの使用は、本当に気をつけろと教えられました。

バスで、ギャングの本部近くを通過するときは、誰も窓の外を見ません。

確かに本気でヤバそうな人達がいました。



ココはこの世の底?


スラムに住む様々な事情を持った家族が、助けを求めてマルコスを訪ねてきます。


●母親が食べ物を買うために、8歳と10歳の娘を売った話。


●家で子供が死んでいた話。


●母親のボーイフレンドに妊娠させられた11歳の女の子の話。


これは本当にこの8年間で、マルコスが経験した、このエリアでの出来事です。





そして今日も、マルコスを訪ねてくる人がいました。

1人目は、4人の子供を持つ母親とその子供達。

家賃が払えず、追い出されそうだということ。食べるものがなく、子供が学校で使うペンやノートも買えないとのこと。

食料と文房具を支援しました。




2人目は、10歳くらいの子供。

4人の子供を残して、母親が失踪したそうです。父親は無職で、食べ物に困っているとのこと。

食料を支援しました。





今日は初日にして、かなり心を痛めました。


この山奥に何かを残したい。

アイディアは少しずつ固まってきているところです。








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Angeles de Medellinの活動

Angeles de Medellin(エンジェルス・デ・メデジン)は、2006年3月にマルコス(マーク・カセマン)氏が作ったプログラムです。


メデジン(コロンビア)の山奥のスラム街にあり、貧しい子供とその家族のためのコミュニティーセンターであり、食べ物、衣類、靴、薬、文房具などを、寄付金で購入し、貧しい家庭と子供達を助けています。

現在の施設は日本の学校の教室くらいの広さです。月に250,000ペソ(13,000円くらい)で借りているそうです。



Angeles de Medellin 


100%寄付金によって運営され、寄付金の全てが、直接貧しい家庭を支援するために使われます。


コミュニティーセンターでは、子供達が勉強をしたり、遊んだりしています。

1日に50人~80人の子供達が来るようです。









12:30~2:00は、マルコスと各国から訪れるボランティアによって「英語」の授業が行われます。

月曜から水曜日はアドバンスクラスで、スペイン語は使用禁止です。
木曜日、金曜日は初心者用のクラスです。


英語の授業(上級者クラス)



テキスト




マルコスはアメリカ出身で、家族や孫もアメリカにいます。2004年までアメリカで事業を経営していましたが、事業を売却し、2005年からコロンビアに住んで、Angeles de Medellinで、ずっとスラム街の子供達と家族への支援活動を行っています。

マルコスはそのエリアで唯一の希望だと言われているそうです。


マルコス氏


地元のメディアに何度も取り上げられていますが、コロンビアの人からこれまでに支援を受けたことはなく、ボランティア活動に参加したコロンビアの人はこれまでに1人もいないそうです。

これは「文化」の違いによるものだそうです。

ボランティアスタッフは海外からやってきます。



これまでに世界各国からボランティア活動に来た人がいるようですが、アメリカから来る人が最も多いようです。平均的には1日に5人くらいがボランティアで訪れるようですが、多い時は1日に20人近くのボランティアが来ます。

南アフリカやモザンビークから来たボランティアの人もいたようです。

日本人のボランティアは私が2人目だそうです。


ボランティアプログラム参加者は初日に30,000ペソ(1500円くらい)を支払います。



このお金が、エリアに住む支援の必要な家族のために直接使われます。


Angeles de Medellinのコミュニティーセンターへは、子供たちだけでなく、生活に困った家族がマルコスを訪ねてきます。

マルコスはボランティアからの寄付金で、彼らの家族のための食料や衣類、医療品などを買います。



クリスマスにはイベントを企画し、世界中から送られてくるプレゼントを配布し、食べ物やホットドックを配ったところ、2007年には200人の子供達が集まり、その数は次第に増え、2012年には、6,000人が来たそうです。






現在マルコスは2013年9月にAngeles de Medellinを正式な組織としてコロンビアに登録する手続きをしているところです。


現在は世界中からのボランティアスタッフにより支えられていますが、正式な組織としてスタートし、必要な人材を雇用することで、より手厚い支援の実現と、安定した運営を目指すそうです。


何よりも、エリアに住む家族に安全と安心を提供したい。そして、彼らを勇気づけ、励まし、自信を持たせるために何よりも「教育」に力を入れていきたいそうです。







2013年7月15日月曜日

コロンビアの武装勢力

コロンビアでは50年以上前からずっと、反政府左翼組織や、準軍事的な右翼団体との紛争が続いている。

FARC


どちらも勢力を弱めてきているが、準軍事組織による麻薬取引から移行した犯罪集団のギャングによる脅威がここ数年で見られる。


コロンビア政府はこれらの犯罪組織は「バクリムス」と呼ばれ、現在では最大の脅威であると言っている。


コロンビア革命軍(FARC: Revolutionary Armed Forces of Colombia)


コロンビア革命軍(FARC)は、コロンビアの左翼系反政府組織の中では、最も古く巨大で、世界で最も多くの資金を持ったゲリラ組織である。

政府を転覆させ、マルクス主義政権を立ち上げることを目的に、1964年に設立された。

しかし、1990年代に右翼系準軍事組織からの攻撃を受け、FARCは麻薬取引を拡大させ、戦いのための資金獲得へと方向転換をした。

反政府組織の一掃を掲げたウリベ大統領は、アメリカ軍の支援を受け、徹底的にFARCを攻撃した。

コロンビア政府により、2001年には16,000人いた戦闘員は8,000人に減少したと言われている。

アメリカと欧州がテロ集団と位置付けるFARCは、近年一連の攻撃を受けている。

最も劇的な巻き返しとしては、2008年の大統領候補者を含む15人の高官の人質を軍が救出した事件である。FARCは人質との交換条件として、逮捕されたゲリラの釈放を要求していた。

組織の創設者で長期に渡ってリーダーを務めたマニュエル・’シュアショット’マルランダは、同年、心臓病で死亡した。


2010年9月23日、組織の軍のトップ、ジョージ・ブリセーノは東部の街マカレナのジャングルのキャンプで殺害された。

2011年11月、マルランダの死後から組織のリーダーとなったアルフォンソ・カノはカウカ地区において、爆破により殺害された。

組織は未だに農村部(特に南部と東部)で勢力を保っており、最近でも奇襲攻撃を仕掛けてきている。

しかしながら、アナリストの説明によると、FARCは2012年2月に、身代金目的の誘拐はやめていると宣言したとしている。

2012年10月に、FARCと政府は次の5つの問題について、和平交渉を開始した。

・農村部の開発
・反政治運動と市民の参加の保証
・武力紛争の終結
・麻薬取引
・紛争被害者の権利


民族解放軍(ELN : National Liberation Army)


キューバ革命とマルクス主義に触発され、1965年に立ちあがた左翼団体。

FARC以上に政治的に動機づけられていた活動が見られ、違法麻薬取引が主な目的ではない。

ELNは、1990年代にもっとも勢力を誇り、数百人の誘拐を行い、パイプラインなどのインフラへの破壊攻撃を行った。

ELNは、国防軍や準軍事組織からの攻撃に苦しみ、4000人から1500人へ減少したとされる。

しかし、2009年10月、ELNはリーダーの1人を脱獄させ、戦う余力が残っていることを示した。

ELNもまた、アメリカや欧州から、テロ組織として扱われている。


コロンビア自衛軍連合(AUC : Autodifensas Unidas de Colombia「United Self-Defense Forces of Colombia」)


麻薬関連の収益と土地所有者などによって、1997年に設立された右翼系組織で、反逆者による誘拐や強奪などの行為と戦うとしている。

AUCは元々、準軍事組織として1980年代に麻薬支配者によって設立されており、力の無い地域において、自衛のために武装して戦うとしている。

AUCの影響力は、軍や政治団体との繋がりから来ている。そしてその勢力は事業と土地所有からの資金の増加によるものだった。

組織は、彼らに反対する左翼系組織の活動家をターゲットにし、大量虐殺や暗殺を行った。

2003年、AUCは、和平交渉に合意し、準軍事組織幹部の引き渡しと引換に、入獄期間の削減と身柄の送還からの保護を受け入れた。

しかし、コロンビアの権力者は、十数人の以前準軍事的な活動をしていた幹部たちを、麻薬取引の罪により2008年以降に、アメリカへ引き渡している。彼らは和平交渉を破ったと言っている。

32,000人ほどの準軍事的な兵士は、引退したが、重大犯罪を犯してきた者達が、刑罰を逃れることに対して、広く非難されている。


バクリムスや犯罪集団

コロンビア政府は、「バクリムス」について、犯罪組織との認識を示し、安全保障上、新たな敵であり、巨大な脅威であるとしている。

以前の準軍事組織の兵士を含む「ギャング」は、麻薬の密売や強奪を行っている。

以前の準軍事組織は麻薬密売組織とのつながりによってさらに力を持つことが懸念されていた。

ブラックイーグルス、イアパックやラストロジョスという名前で、彼らは過激な暴力を伴う、コカインの生産や密輸を管理し、明白な政治的主張は持っていない。

権力者は、いくつかの地域において、彼らは麻薬管理のために、左翼系反逆者との武力協定を結んでいるとされている。他のエリアにおいても、新たなギャングとゲリラの衝突が起きている。


source: BBC NEWS (Profiles: Colombia's Armed Groups)









2013年7月14日日曜日

巨大麻薬組織メデジンカルテルとコカインの生産と流通事情

メデジンカルテル




コロンビアの犯罪組織。パブロ•エスコバルによりコロンビアのメデジンに創立された、麻薬密売者の組織化されたネットワークで、主に1970年代及び1980年代を通して活動した。

資金源は麻薬(特にコカイン)の生産・加工・販売、宝石加工・販売、身代金獲得。
メデジン・カルテルはカリ•カルテルと恒常的に争い、また1980年代前半からコロンビア政府と抗争を繰り広げた。

その収益は1カ月あたり最大6000万ドルに上り、複数の見積りでは、合計で最大280億ドルの資産があった。

カルテルに参加し、あるいは関与した他の有名な人物には、オチョア家、カルロス・レデル、およびジョージ•ユングを含む。

コカの生産農家、加工業者、販売業者に支えられたゲリラ的犯罪組織であり、常に米国と対立し爆弾闘争や営利誘拐を繰り返している。



誕生と拡大


もともとコロンビアの犯罪組織は、貴金属、酒、煙草の密輸、窃盗、盗品売買が主な資金源だったがアメリカでマリファナ、その後コカインが流行するとそれに目を付けたエスコバルを首領に首都ボゴタなどを統括していたゴンザロ・ロドリゲス・ガチャ、カリブ海の密輸ルートを握っていたカルロス・レデル、メデジンの伝統的なマフィアであるオチョア家を最高幹部とした、メデジン・カルテルを結成した。

その地の利を生かし、ペルーとボリビアから持ち込んだ良質のコカインをマイアミのキューバ系組織に渡していたが、後には生産、流通も支配するようになり、最盛期のメデジン・カルテルは、対米麻薬密輸の8割をカリ・カルテルと扱い年間数億ドルの収入を得ていたと見積もられ、エスコバル自身も大富豪として豪勢に暮らした。


また、メデジン・カルテルは武闘派組織であり1981年にゲリラの4月19日運動(M-19)にオチョア家の家族が誘拐されると武装集団(この集団が後の準軍事組織の起こりとされている)を結成して報復した。この一件以来、私兵組織を拡大し政治家や治安当局も標的とするようになる。


麻薬戦争

・1984年法務大臣を暗殺
・1985年4月19日運動によるコロンビア最高裁占拠事件にも関与。
・1987年カルロス・レデル逮捕、アメリカに引き渡される。
・1989年ルイス•カルロス•ガラン大統領候補者を暗殺。
・乗員110名が犠牲になったアビアンカ航空機203便の爆破。

・ボゴタの治安警察本部前爆破などのテロ行為を実行。

・ライバルであるカリ•カルテルとの抗争も激化し、メデジン周辺は無政府状態になる。

・ゴンザロ・ロドリゲス・ガチャは特殊部隊によって射殺される。
翌年からは、憲法改正で犯罪者の対外引渡しが禁止されたことによりカルテルから幹部からの投降が相次ぐ。

・1991年、5年の服役とアメリカへの引渡忌避を条件にエスコバルは出頭し豪華な設備を備えた刑務所に収監された。そこから組織を動かしていたが、その間、幹部や部下が投降、あるいは殺害され勢力が弱まりつつあった。
翌年、脱獄しコロンビア政府、アメリカのデルタフォース、カリ・カルテルに追われ「ロスペペス(Los Pepes)」と自称する集団には、エスコバルの家族や手下300人以上を殺害され組織は大打撃を受けた。そしてエスコバルは、自宅にいたところを治安部隊に射殺された。

こうして2万人の死者を出したとされる麻薬戦争は終結する。


幾度にもわたるアメリカ軍の掃討作戦やコロンビア政府による摘発で、大物の多くが死亡あるいは逮捕された。

カルテルは統一された実体としては消滅しその組織力と影響力の多くを失ったものの、生き残った組織や元構成員は国際的な麻薬界で現在、いまだ活動的である。

独自の私設軍を保持し、動員力もあり、命脈を保っている。

貧困にあえぐ中南米の諸問題が解決されない限り、メデジン・カルテルの壊滅は達成されないであろうという意見もある。


wikipediaより。





コロンビアの人に話を聞きました。

メデジンカルテルはまだ存在しているのか?



以前はメデジンカルテルとカリカルテルという2つの巨大な麻薬組織が活動していたが、現在は2つの組織はほぼ壊滅し、小規模な麻薬組織が国内にいくもあるが、彼らに以前のような勢力はない。

とのことです。




コロンビアのコカイン生産と流通


政府のこれまでの努力により、巨大麻薬組織の権力を崩壊させ、取り締まりを強化することでコロンビアでのコカインの生産量は減少しています。

2000年には世界の74%を生産していましたが、2011年には41%まで減少しています。


コカインの生産量(tons)


コロンビアで押収されるコカインの量は今も世界最大です。


国別コカインの押収量(2011)


コカインの流通経路は、コロンビアから船でメキシコへ行き、そこからUSAやカナダへ渡るルートと、船でヨーロッパへ行くルートが最も多く、次に、ジャマイカやハイチなどのカリブ海の島国を経由してUSAへ行くルートがあります。


コカイン流通経路

United Nation Office on Drugs and Crime


ヨーロッパへは船で直接渡るルート以外に、次のルートも報告されています。(BBC NEWS)




ちなみにコカインの消費国は、

US (36.8%)
ブラジル (17.7%)
UK (5.3%)
イタリア (5.1%)
スペイン (4.9%)
メキシコ (3.1%)
ドイツ (2.5%)
フランス (2.1%)
コロンビア (1.6%)
アルゼンチン (1.6%)
ナイジェリア (1.4%)
カナダ (1.2%)

その他の国 16.6%

Data: United Nations Office on Drugs and Crime










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2013年7月13日土曜日

コロンビアの経済成長とウリベ前大統領



国内の安全確保の体制を進歩させ、穀物価格の上昇やウリベ前大統領の行った経済政策によって、コロンビアは2002年から2007年に成長が加速し、2007年には7%近くの成長率を示している。





コロンビアの持続的な成長は、2002年以降、貧困を20%削減し、失業率を25%削減させている。

さらに工業部門の成長と、アメリカとの貿易協定が、記録的に外貨を流入させた。

不平等、不完全雇用、麻薬の密輸は未だに重要な課題として残っているが、この成長の間に、必要なインフラが整えられてきている。

[The World Factbook , 2009]





ウリベ前大統領について

wikipediaより

ウリベ前大統領(2002-2010)



治安政策

ウリベは優先事項がコロンビアの3つの主な武装勢力、コロンビア革命軍(FARC)、コロンビア自警軍連合(AUC)、民族解放軍(ELN)を抑える、或は破ることであると宣言し、彼が就任して以来、すべての3つのグループ、特にFARCに対して始められた軍事行動は強度を増している。2004年11月7日にコロンビアの軍情報部はすべてのゲリラユニットが彼を暗殺するように求めるFARCの指導層からの通信を傍受した。
ウリベは、彼の在任期限が切れた後であれ、よりフレキシブルな立場でゲリラを交渉の場に戻らせるには政府が最初に軍事的優越を示さなければならない、と述べた。彼はコロンビアの現在の主な関心事がテロの挑戦と麻薬取引であることに言及した後、「もちろん、我々はコロンビアで社会的不公正を排除する必要があるが、1番目は何か? 平和だろう。」と語った。
彼の治安プログラムは「民主的治安」政策として自身が概念化した戦略に基づいている。

定義された目標
  1. 徐々に、すべての自治体で警察の存在を回復する
  2. 社会的に衝撃の大きい犯罪に対して訴訟を増加させる
  3. 公共機関の強化
  4. 人権侵害を抑える
  5. テロ組織の解体
  6. 誘拐と強要を抑える
  7. 殺人件数を低減させる
  8. 強制移住を中止し、被強制移住者の帰還を支援する
  9. 不法な麻薬取引の禁止、根絶、および訴訟などにより戦い続ける

目標達成のための方針
  1. 民間人をより活発に従事させる
  2. 兵士の支援
  3. 機密総量の増大
  4. 国道の支配権の回復維持
  5. 不法なグループを解隊する
  6. 軍隊のサービスの統合
  7. 国防費の増大


外交政策


政権を得てからウリベは「麻薬商人の厳格な敵」として振る舞い、麻薬商人を逮捕、及び米国その他の国への引渡しをした。

彼はまた米国による(反対意見に拘らずイラクへ侵攻したことも含め)対テロ戦争と、プラン・コロンビア戦略を通じて継続されている対麻薬作戦である麻薬戦争を公的に支持した。

彼は2004年に、ジョージ・W・ブッシュ米大統領にウリベ政権の治安政策の成果について報告し、ブッシュはプラン・コロンビアによる支援の将来的な継続に対しても支持を表明した。

ウリベ政権はスペインや多くのラテンアメリカ諸国とも積極的な外交関係を保っている。2004年のベネズエラとパイプラインの接続に関して、2005年のパラグアイと治安と対麻薬売買の共同作戦に関して、2004年のボリビアとの技術と通商に関する共同合意、スペインとの防衛協定(2004年に更新されて依然有効)、2005年4月の中国との経済と文化に関する合意、などの協定を結ぶ。

複数のアナリストは米国の同盟者である彼はイデオロギー的にラテンアメリカその他の左派政権に反対なのではないかと考える。

イデオロギーの違いに拘わらずウリベは、ウゴ・チャベス、マルティン・トリホス、ルーラ・ダ・シルヴァ、リカルド・ラゴス、カルロス・メサ、ビセンテ・フォックス、その他と会合あるいは会談を持った。

コロンビアはキューバ、中国とも外交関係がある。

ウリベ政権下でコロンビアとベネズエラの間には外交危機、事件があった。

特に2005年にロドリゴ・グランダ事件に関して、コロンビアの2004年のスペインからの46台のAMX-30戦車の購入失敗、準軍組織の主張による2004年のベネズエラ侵攻計画などである。

これらの国際的に困難な状況は相互の大統領の外交チャンネルを通じたやりとりや会談により(前者2つは)回避された。

国際法の執行に関する協力関係は、米国、スペイン、英国、メキシコ、エクアドル、ベネズエラ、ペルー、パナマ、パラグアイ、ホンジュラスおよびブラジルのような国々と特に維持された。

ウリベ政権は、ペルーとエクアドルと共に、米国との自由貿易協定に署名するための一連の交渉に現在参加している。


社会経済政策


ウリベ政権は、貸付金の保証を受け、歳出の削減に同意し、負債の支払い継続に同意し、公営企業を民営化し、投資家の信用醸成に努めるなどして、IMFや世界銀行との関係を維持し、財政的な正統性を守っている。

コロンビアはこれらの手段でインフレや国家の赤字の規模の削減に成功している。



政府の社会政策顧問のファン・ロザーノは政権の社会経済政策について説明した。

・健康保険加入者の500万人増加(総加入者1,540万人の内の350万人が2004年に加入)
・家族福利局 (ICBF) の食事及び医療給付を受けた者の200万人増加(2004年の総計660万人)
・全国学習サービス協会 (SENA) の定員の170万人増加(2004年の総計270万人)
・中小企業への少額融資の157%の増加
・2002年12月の失業率15.6%から2004年12月の12.1%への低下
・貧困層への住宅プロジェクトによる20万件の住宅の増加
・小学校と高校の計75万人の定員増
・26万人の大学の定員増
・7万人の被強制移住者の帰還(800%の予算執行)
・定年前に経済補助金を求める人への支援プログラム17万人から57万人







コロンビアの経済成長を生み出したのはウリベ大統領の大胆な政策であるのは間違いないかもしれませんが、実際に治安対策として行われた内容は、暴力を促進するようなもので、彼を支持する人ばかりではないようです。

非人道的な活動を行っていることは確かですが、武装勢力を完全な悪として捉え、暴力でねじ伏せるやり方を国民に支持させた政治手腕も持っていたようです。






コロンビアのストリートチルドレン①




True cost of Scotland's cocaine: Street children are the victims
The Scottish Daily Record, May 20 2008


コロンビアのストリートチルドレンは、麻薬、売春、暴力による悲惨な日常にさらされている。

6歳ほどの子供がメデジンの路上で眠り、温まるために体を寄せ合っている。

誰にも相手にされず、ゴミのように扱われている。彼らの悲惨な物語は全ての子を持つ親の血の気を冷ますだろう。

彼らは麻薬ビジネスが取り巻く「殺人」「貧困」「腐敗」の被害者だ。

多くの孤児は暴力を受け、荒く冷たい路上で寝るようになり、悲しくも必然的に薬物へ依存し、売春へと落ちていく。


The Department of Labor’s 2004 Findings on the Worst Forms of Child Labor
U.S. Dept of Labor Bureau of International Labor Affairs, 2005


都市部では、子供達が家事使用人として、あるいは路上で小売りなどによって働いている姿が見られる。子供達は、路上あるいは、マッサージ店や売春宿を通して、商業的な売春事業に巻き込まれていくことになる。13歳から17歳の子供にその傾向が強い。


Human Rights Reports » 2005 Country Reports on Human Rights Practices
U.S. Dept of State Bureau of Democracy, Human Rights, and Labor, March 8, 2006


公共の学校教育は、一般的には18歳まで、義務付けられており、15歳までは無料で教育を受けることができる。国家統計局の調査では、6歳から15歳の子供のうち、800万人が学校へ出席している。
政府は初等教育に必要な費用をカバーしているが、15歳以上の子供の学校への入学日、本、文房具、学校へ通うための交通費を支払うことに多くの家族は苦労しており、それらを支払うことのできない貧困層にとって、教育を受けることを難しくしている。

最低就業年齢(14歳*特別な事業がある場合は12、13歳)は、基本教育指針と矛盾し、働いている子供の僅か38%しか学校へ出席していない。


Concluding Observations of the Committee on the Rights of the Child (CRC)
UN Convention on the Rights of the Child, 6 October 2000


武力衝突が子供達の生活を脅かしている。警察や準軍事的なグループによる法外な殺人、抹消、拷問が行われている。「社会浄化運動」と称し、ストリートチルドレンへ行われる犯罪行為は刑罰を受けなかったり、極めて軽い刑で済まされる。

子供達を巻き込んだ人権侵害に関する特別な調査を行う必要性に対し、委員会は、この問題を追跡する十分な情報が得られないことに遺憾を示し、ストリートチルドレンが警察や軍事的な組織のメンバーから虐待を受けている事例が伝えられていることの不安を何度も繰り返す。

更に委員会は、家庭環境に恵まれない子供が増加的に都市部へ移動するかもしれず、特に搾取や虐待の危険にさらされやすい路上で生活することになることの懸念を繰り返す。


Hope for Colombia's lost children
Rhodri Davies, Al Jazeera, 23 Dec 2008


12歳のステファニーは売春婦の母親と住んでいる。彼らの家は、以前売春宿として使われていた場所で、彼らの寝室は古い浴室の4分の1で、彼らの寝床ははぎ取られた浴槽の部分である。

ステファニーには3つの危険がある。
売春婦の母親と一緒にいることで、彼女の世界ではそれが当たり前となり、同じことを繰り返すようになる。そして夜をしのぐために借りている部屋は、お金を払えなくなったときに、簡単に追い出される。そしてステファニーは1夜をしのぐためのお金が必要なときは売春をすればいいと考えるようになる。
2つ目の危険は、そのエリアではコカイン、マリファナ、エクスタシーなどの薬物使用が広まっていることにある。
3つ目はかなりの数の男性が日夜、売春婦を狙っており、虐待に合う可能性が高いことである。

60,000人の子供達がコロンビアの路上で生活していると推定されている。その37%はボゴタである。
さらに、彼らは都市部で活動する違法武力組織の標的にされる。過去5年間に、ボゴタ周辺のスラム地区で600人の子供を含む若者が殺害されています。

ストリートチルドレンのおよそ4分の1が公的施設などから援助を受けています。
何の援助も受けていない子供は、生きるために盗んだり、ゴミを漁ったり、麻薬の受け渡しを行います。







コロンビア基本情報①



Fact 1 : コロンビアには四季がない。赤道に近く、年間を通して気候が変化しない。


Fact 2 : コロンビアの国名は、クリストファー・コロンブスから来ている。


Fact 3 : 専門家は、14,000種の蝶のうち、3,000種類がコロンビアで見つかったと言っている。


Fact 4 : コロンビアは、世界の最も高価なエメラルドの60%を産出している。


Fact 5 : コロンビアは、多くの有名人の母国である。(シャキーラ、ガブリエラ・ガルシア・マルケス)


Fact 6 : コロンビアは、太平洋とカリブ海に接する南アメリカで唯一の国である。


Fact 7 :コロンビアでは1975年に女性に投票権が与えられた。


Fact 8 : コロンビアの通貨はコロンビアペソである。


Fact 9 : コロンビアで最も高い場所は、クリストバル・コロン山で5797メートルである。


Fact 10: 公用語はスペイン語だが、その他に64の言語が使われている。



source: 10 Facts About (Ten fan facts about Colombia) 



2013年7月12日金曜日

世界で最も革新的な都市に選ばれたコロンビアのメデジン

メデジンの夜景

かつて巨大麻薬組織メデジンカルテルが存在し、世界で最も危険な都市と言われたメデジン。



ウォールストリートジャーナルとシティグループが実施した2013年の『今年の最も革新的な都市(Innovative City of the Year)』コンテストで、1位に輝きました。

コンテストは、世界の200の都市から審査と投票によって25の都市に絞られ、さらに投票によって3つの都市が最終選考に残りました。

残ったのは、メデジン(コロンビア)、ニューヨーク(アメリカ)、テルアビブ(イスラエル)。






メトロシステムや、ケーブルカーなどの近代的な交通網を発達させ、斬新なデザインの公立図書館、そしてスラム街や学校に設置された屋外エスカレーターが社会統合に貢献していることが評価され、メデジンがグランプリを獲得しました。


犯罪発生率がかつて世界最悪だったこの街を、一流のデザインによって解決策を見いだす術を世界に示したのです。


以前の市長セルジオ・ファアルドと都市計画の指導者アレハンドロ・エチェベッリは、麻薬と殺人で有名になったこの街を建て直す計画を始めました。


まず、スラム街など最も貧しいエリアに、観光資源にもなり得る斬新なデザインの美しい図書館や美術館を作りました。

Orquideorama



しかし、危険なエリアへ好んで行く人はいません。


そこで、都市部と貧しいエリアを繋ぐためのケーブルカーを整備し、山(スラム街)に屋外エレベーターを設置しました。


公共の交通機関としてケーブルカーと屋外エレベーターを利用した世界で初めての例です。


これらの交通手段によって、スラム街の人は市街地へアクセスをし、仕事を見つけ、市街地へ住む人も図書館へ行きます。

図書館では、無料で本を借りることができ、さらにコミュニティースペースを利用して、貧しい人とそうでない人の繫がりを持つ場所を作ったのです。

このコミュニティースペースからいくつものプロジェクトが現在も動いています。


また、ケーブルカー、屋外エレベーターだけでなく、地下鉄、電車を含んだ近代交通網を発達させたことで、大幅に通勤時間を削減させることに成功しています。

スラム街と市街地を繋ぐケーブルカー

今は新しい市長がこの構想を引き継ぎ、創大な計画は今も続いており、汚れた川を甦らせるプロジェクトなど、大規模なプロジェクトが何件も進行中です。


革新的な都市グランプリもそうですが、世界に向けての強いメッセージを発信し続けるメデジンは、海外からも高く評価され、多くの注目を集めており、海外から来る活動団体、企業、旅行者、都市開発研究者も年々増加しています。





EPM図書館
エスパーニャ図書館公園
レオンデグリフ図書館




メデジンが現在のように発展したのはこの10年間。

都市をデザインするコンセプトに「貧困層との調和による犯罪の削減」を描いたのだと察します。

道路も施設も新しく、政府が力を注いできたことを強く感じます。


急ピッチで進んだ街の発展の陰で、追いやられていった人々がいることも確かです。


また、犯罪の減少は成果を表していますが、麻薬や犯罪によって生きていた人の精神は、そう簡単に変わるものとは思えません。


彼らがどこで何をしてるのか、メデジンの光と影を追いかけていきます。




2013年7月10日水曜日

【第2弾】ギャングの住むコロンビアの山奥に何かを残せ!!

Medellin (メデジン) 山中のスラム街



かつては世界最悪の殺人事件発生率と誘拐事件発生数を記録したコロンビア。


都市部の発展と軍事強化政策による治安の回復は進んでいるものの、コロンビア革命軍や民族解放軍などのゲリラ組織による殺人、誘拐、爆弾テロが現在も各地で起きています。



また、麻薬産業が問題となっていますが、政府の腐敗などが原因で解決する様子はないようです。



ゲリラと国軍の内戦の影響で、エクアドル、ニカラグアから国交を断絶され、ベネズエラとの緊張関係は今も続いています。


国民の34%が貧困状態にあり、都市部が発展していく一方で、巨大な貧富の差を生み出しています。


社会問題となっているストリートチルドレンは、売春、薬物の取引を行って暮らし、ギャングやゲリラの構成員となります。










この度、コロンビア第二の都市メデジン(Medellin)の、ギャングが住むと言われる山の中にある、Angeles de Medellinという団体を訪ねます。


Angeles de Medellinはマーク・カセマン(通商マルコス)氏が管理するコミュニティーセンターで、社会から追いやられた子供や、その家族に教育の機会や、物資の提供を行っています。


Angeles de Medellinのマルコス氏と子供達



私はAngeles de Medellinでマルコス氏と一緒に活動し、団体の活動内容や、コロンビアの貧困問題の背景などについてお伝えしていきます。

そして、Angeles de Medellinに何かを残すための提案とアクションを起こしたいと思います。


応援をよろしくお願いします。


2013年7月1日月曜日

ハイチでの活動、最後の1週間。



最後の1週間はエナジードリンクを飲みまくりながらほとんど寝ずに、ずっとタダ働きをしていました。おかげでブログもFacebookもtwitterも全然更新していませんでした。

朝から晩までテントキャンプCapvvaで住民調査をし、電気が使える夜中の数時間で調査データの整理をし、日本の企業へ寄付のお願いをし、クレムソンがクレオール語とハイチの情報を発信するためのWebサイトを作りました。

リロケーションの前進

住民調査、建設会社の選定、見積り項目の決定が同時進行で進めれるように本部ともずっと連絡をとっていました。
住民調査はテントを一軒一軒訪ね、住民の名前、年齢、性別、建設現場で働くことができるか、移転に賛成かという項目を用意した記録用紙を450枚ほど用意して行いました。

1日中、外にいたため、ハイチの人ほどではありませんが、腕も顔も真っ黒になりました。

残念ながら訪問時に不在だった家庭は現地スタッフとキャンプのリーダーが再度訪れ、写真データをメールで送ってもらい、集計します。

そして、調査後も住民がキャンプから出て行くことが考えられるので、出て行く住民はリーダーに報告すること、リーダーはJoin The Journeyの現地スタッフに報告すること、をシステムとして機能させるために、リーダーから全ての住民に理解を呼びかけてもらうことを約束してもらいました。

おそらく今週中にもすべての住民のデータが集計できます。

ここから、建てるべき家の数、6歳から15歳の子供の数、建設現場で働くことのできる人の数、特別な支援が必要な家庭について洗い出します。

6歳から15歳の子供の数に基づき、学校の大きさを決めます。そして建設現場で働くことのできる人間を雇うように建設会社へ働きかけます。想定しているサイズの仮設住宅に収まらない大家族、女性と子どもだけの家族など、支援を必要とする家庭をピックアップし、Join the Journeyは賃貸ローンとマイクロローンプログラムでサポートすることができます。

ここまで、集計していて、家族構成に驚いてます。10人くらいの大家族、父親母親のいない家庭、苗字の違う子供。

複雑さの無い家庭はほとんどありませんでした。
また、0歳~3歳の子供、つまりテント生活しか知らない子供が150人以上います。

70歳を超えたばぁちゃんと、15歳の男の子の2人暮らし、建設現場で働くことができるか? YES

記録用紙を見ながら、俺の超人的なタイピングの速さがさらに限界を超えていくのを感じました。






建設会社へは僕が作成した資料を使い、代表から直接問い合わせています。このプロジェクトは通常の建設プロジェクトとは違い、資金がまだ用意されていない上に、Capvvaの人間を作業員として雇い、教育して技術を与えることや、Capvvaからの交通手段などを約束してもらう必要があります。移転予定地はポルトーフランス北部のかなり広い土地で、今後も大規模な建設プロジェクトが実行される場所としての期待もできます。経験を積んだ作業員が今後も新しい土地で仕事の機会を得ることができるのです。

そこで、建設会社には事情を全て説明し、このプロジェクトの受注者としてだけではなく、パートナーとして管理してもらうことが必要だと強く訴えているところです。

そして昨日はUSから来た取締役の1人と、水のエンジニアと一緒に再度、移転予定地へ行ってきました。2週間前に作った、移転予定地の情報と、見積もりのために必要な追加調査をまとめた資料を参考に、現地の視察を行ってきました。特に、近くのマーケットや都市部へのアクセスや、水の質、土地が農業に適しているか、という点で現地を調査しました。この情報によって、さらに正確な見積が可能になります。




特に僕からはCapvvaの人はテント生活で大変だけど、一軒ずつ訪ねたことで、意外と子供達は元気なこと、ストレスは多いので小さな争いごとは頻繁に起きるが、全体的にキャンプの中の治安は良いことを感じ取っています。これは、リーダーたちが争いの解決に努めてきたことや、住民の結束力の高さなど、コミュニティーとしてかなり機能していることと、テント内で空腹に喘いでいるような人は実際は見ていないことから、彼らはどうにかして、何かを食べる術を持っていることを伝えました。
移転によって、この強いコミュニティーを破壊しないためのデザインが必要であること、そしてCapvvaが都心部にあることで収入がなくても、拾う、盗むなどの手段によるものかは分かりませんが、どうにかして食べれていた人が、農村部に移ることで、その手段を失った先には本当に死が待っていることを訴え、現在は、人数分の家を建てるためのシンプルな見積りを作っているが、どうか水、農業、都心部へのアクセス、仕事を生み出す手段を考えることを止めないでほしいことを伝えました。

移転は強制退去から逃れるために最優先させるべきだという考えと、命に関わるほどのリスクがあることを知りながら、また家のクオリティーも予算と期間の関係上、低コストで大きな地震などに耐えることができないものであることも知りながら、具体的な数字を口にすることは本当に勇敢な決断だと、俺は評価すると伝えています。






最終日

最終日は、いろいろとお世話になった近所のおばちゃんのとこへ挨拶へ行き、Capvvaへ行って皆さんへお別れを言ってきました。

Capvvaの子供達に本当にいつも癒されました。あの可愛い頭を触れなくなるのがめちゃくちゃ寂しいです。子供があんなに可愛いなんて知らなかった。彼らの未来を守るためにできることならいくらでも戦ってやろうと思います。


ハイチを一旦離れますが、まだ活動は終わりません。外からでもできることは何でもやる覚悟でいます。
無事に移転プロジェクトが遂行され、Capvvaの住民が、新しい土地で安心して暮らしていくのを最後まで見届けたいです。



今後とも応援よろしくお願いします。