2013年9月22日日曜日

アパルトヘイトと日本の罪

白人用のビーチに立てられた看板

アパルトヘイトは、アフリカーンス語で分離、隔離の意味を持つ言葉。特に南アフリカ共和国における白人と非白人(黒人インドパキスタンマレーシアなどからのアジア系住民や、カラードとよばれる混血民)の諸関係を規定する人種隔離政策のことを指す。 - wikipedia より


選挙権は白人のみに与えられ、白人だけで構成された政府が、白人に有利な法律を作り、政策を行いました。


法律によって、白人と白人以外の居住区は分けられました。産業地区は白人地区となり、黒人は何もない不毛の土地へ押しこめられます。


黒人は職種が制限され、低賃金で労働させられ、教育は低レベルなものへ押しとどめられます。


その他にも、レストラン、ホテル、バス、ビーチも白人用と非白人用に分けられ、異人種間での恋愛や結婚の禁止や、黒人は身分証明書の携帯が義務付けられるといったことが、法律で定められ、政策として施行されました。




全人口の15%(1980年)ほどの白人が、その他の85%を差別・隔離し、搾取したのです。


当然、黒人は貧しくなり、貧困に苦しみました。



白人議員の中でも反アパルトヘイト活動を進めるものもいました。

ネルソン・マンデラなどによる黒人解放運動も国内で起こりますが、逮捕され、活動は沈静化されます。

1976年に起こったソウェト蜂起(黒人学生1万人と警察隊300人が衝突し、500人が死亡2000人が負傷)という暴動が起こったのをきっかけに、暴動や反対運動が国内各地へ広がっていきます。


国際社会からのアパルトヘイトに対する批判も大きくなり、南アフリカに対しての経済制裁が行われるようになります。


国内での反アパルトヘイト活動と国際社会からの厳しい非難によって、南アフリカはアパルトヘイト廃止の方向へ向かっていくことになりました。


1994年に全人種参加の選挙によって、ネルソン・マンデラが大統領になり、アパルトヘイトは完全に廃止されました。



1998年には国際刑事裁判所ローマ規定により、アパルトヘイトは「人道に対する罪」として規定された。

「人道に対する罪」として主張されたその他の例としては、ナチスのホロコーストやルワンダ虐殺などがある。



-以上、アパルトヘイトについてのあらすじを紹介しました。


日本の罪



当時の日本とアパルトヘイトの関係についても調べてみました。


ここから先は、あまり気持ちの良い内容ではないことを伝えておきます。




日本人は1961年から、経済上の理由(貿易額が大きかったなど)により、南アフリカの国策上の法的措置として、名誉白人(Honorary Whites)として扱われた。


投票権や永住権などは持つことはできないが、地域によっては白人と同等の権利を得ていたようです。
少なくとも、民間から有色人種としての目線を向けられることはあっても、法律や政策によって差別を受ける対象ではなかったようです。

当時の南アフリカにとって、良いお客さんだったと言えます。


1987年、国際社会が、アパルトヘイトに反対して、文化交流を禁止し、経済制裁に動く中で、日本は逆に、積極的に経済交流を続け、南アフリカの最大の貿易相手国(ドルベース)になりました。

この日本の姿勢は国際社会から激しく非難されました。


その当時の国会の議事録を読みました。
読んでいて気持ちが悪くなりました。



当時の日本政府は、文化交流や観光査証の発給については規制したものの、肝心の経済制裁については、関係省庁に自粛の呼びかけを求める程度のことしかしていないようです。

輸入していたレアメタルは、どれも日本の産業上の需要が高いもので、今でも日本経済の土台を支えている分野に無くてはならない資源です。

とうもろこしが安く輸入できたのは、アパルトヘイトによって黒人労働者の賃金が極めて安かったためです。

日本が全面的に経済制裁を行わなかったことで、財源を得た南アフリカは、アパルトヘイト廃止を先に延ばすことができたと言えます。その間に犠牲になった人もたくさんいます。






長いので、特に読んで頂きたい部分だけ大文字にしております。


第112回国会 決算委員会 第6号昭和六十三年五月二十三日(月曜日)

 それでは、続きまして、次に、南アフリカ貿易の問題についてお聞きをしてまいりたいと思います。 その前に通産大臣に、特に後々の質問に関連をいたしますから御質問申し上げますけれども、私から詳しく申し上げるまでもなく、もう既に南ア共和国のアパルトヘイト、人種隔離政策というものは国際的に大変な批判が起きておるわけでありまして、我が国も国連の諸決議にも参加をしたりして、それなりに外交政策上も努力されていると思うんであります。後々質問してまいりますが、南ア共和国との日本の貿易問題に関連をするわけでありますけれども、その前にこのアパルトヘイトの問題について、通産大臣としてはどういう御認識にお立ちになっているかをまずお伺いしておきたいと思います。○国務大臣(田村元君) 我々人類社会におきましては、いかなる人種差別も正当化されてはなりません。そのために我が国は、南アのアパルトヘイト政策に反対という観点から、いわゆる南ア問題につきましては一貫して毅然たる態度をとってきております。西側主要国の中で南アと外交関係を有していない唯一の国である、それが日本であります。また、その他各種の厳格な規制措置もとっております。この対南ア貿易につきましても、我が国としましては国際協調のもとで関係主要国と同様に特定品目につきまして規制措置を講ずるとともに、あわせて、例えばアメリカなどの対南ア措置の効果を薄めないように関係業界に対して要請をいたしてきております。 我が国の対南ア貿易が昨年ドルベースで増加いたしましたのは主に円高の影響によるものでございますけれども、我が国としては今後とも南アをめぐる情勢の推移を見守りながら、これまで講じてきた対南ア措置を堅持するとともに、今後とも慎重に対応することといたしたいと思っております。 御参考までに申し上げますと、日本と南アの総貿易額は、円ベースでは一九八一年には八千六日九十一億円、八四年には八千百六十億円、五年には六千八百六十五億円、六年には六千七十一億円と減少して、昨年は五千九百七十六億円とどんどん減少しておるわけでございます。ところが、これをドルで換算いたしますと、ドルベースでは八一年には三十九億五千万ドル、八五年には二十八億六千万ドル、八六年には三十五億八千万ドル、昨年は四十一億二千方ドルと逆に前年対比一五%もふえてきたということで、円とドルの積算の、統計の形が全然変わってきております。ちょっと参考までに西独を見てみましたところ、西独もやはり八六年三十三億ドル、昨年は三十八億ドルというふうに、それぞれ一九・五%あるいは一六・二%と増加をしておるというようなことでございます。しかしながら、それはそれとして、だからといってやはり絶対額において少ないかといえば少なくないわけでございますから、今後とも十分の指導をしていきたい。 ただ問題は、御承知のように貿易というものは自由経済の建前がございますから、非常に厳しくといってもそこには限界もございますけれども、人道上の問題でございますから、通産省として可能な限り業界等に訴えていく所存でございます。○田渕勲二君 今大臣が最後に言われたことに関連するんですが、確かにこれは自由経済、自由貿易の建前から、いろいろそこにはある程度の限界があることは私も承知はします。しかし、それにも増してあり得てはならない人道上の問題が今国際的な大変な批判になっているわけで、自由貿易の環境を言えば、これはあらゆる自由諸国、アメリカを初め同じ条件にあるわけですが、それらの国々が南ア貿易からかなり撤退をしていくという中で、ひとり日本だけがその間隙を突いたような形で貿易を伸ばす、こういうことが私は問題にされている大きな原因だろうと思うんであります。
 そこで、これは既に御承知のとおり、国連のアパルトヘイト特別委員会のガルバ委員長がいろいろ声明を発して、とにかく日本の南ア貿易に対する抑制というものを、遺憾の意を表明しながら声明を出されておりますけれども、この日本に対する呼びかけに対して、外務省、通産省、さらに経済団体との間でいろいろと対応策をとられたと思うんであります。どのようなこのガルバ声明に対する対応を、各省、各経済団体がとっておられるのか、これについてひとつ御説明をいただきたいと思います。○説明員(小原武君) ただいま御指摘のガルバ反アパルトヘイト特別委員会委員長は、二月五日のプレスリリースにおきまして、一九八七年の我が国の対南ア貿易額が第一位となったことに関連しまして、遺憾の意を表明し、我が国に対し南ア貿易をやめるように求める趣旨の声明を発表したことは御指摘のとおりでございます。 私どもとしましては、いろいろの形の批判に対しまして、我が国が従来からアパルトヘイト政策そのものに断固として反対するという立場から、一貫した、毅然とした態度で一定の措置をとっているということを説明し、理解を求める努力をしてきたところでございます。また、ただいま通産大臣から御説明がありましたように、八七年に貿易額が一位になったということそれ自体につきましては、ドルベースで増加して、主として円高の影響によるものであるということを説明しつつも、他方、このことが我が国の南アのアパルトヘイト政策に断固反対するという基本的な立場に対して誤解を生じさせるようなことになってはならないと考えまして、政府として我が国経済界が慎重な配慮を行うよう期待し、関係者にその旨の要請をしてきたところでございます。
○政府委員(吉田文毅君) 大臣及び小原審議官から御説明申し上げましたとおり、我が国としましては南アのアパルトヘイト政策には反対であるという観点から、従来からきちんとした対応をさしていただいているところでございます。 具体的に申し上げますと、通産省といたしましては従来から輸出入等につきましていろいろ厳格な規制をしてまいったということでございますが、今後とも南アをめぐる情勢の推移を見ながら、これまで講じてまいりました対南ア措置を堅持しますと同時に、かねてより業界に対しまして慎重な対応を要請してまいったところでございます。今後とも慎重に対応することといたしたいと考えております。○田渕勲二君 現在、我が国は確かに南アに対して外交を領事関係に制限するなどの十一項目にわたって南アの規制措置をとっておられますけれども、これらの規制措置の実績とその効果がどのように上がっておるのかということをもう少し具体的に外務省、通産省からお答え願いたいと思うんです。○説明員(小原武君) お答え申し上げます。 例えば、御指摘の十一項目の中で外務省に直接関係ある項目を幾つか拾ってみますと、外交関係を持たない、領事関係のみにとどめるということは、これは主要先進国の中で我が国だけがとっておる措置でございます。スポーツ、文化、学術交流の制限という点につきましても極めて厳格に制限措置を継続しております。次に、例えば南ア国民に対する観光査証の発給の停止、これは極めて厳格に実施しておりますし、また我が国国民の南ア観光の自粛要請という点につきましても、機会あるたびに働きかけを行ってきているところでございます。○政府委員(吉田文毅君) 通産省の担当部分について御説明申し上げます。 まず第一に、アパルトヘイト執行機関へのコンピューターの輸出不許可の問題でございます。昭和六十年十一月に措置を実施して以来、南アのアパルトヘイト執行機関に対します輸出実績はありません。 第二に、クルーガーランド金貨の輸入自粛の問題でございます。本件につきましては、六十年十月以来輸入実績が把握されました企業等に対しまして輸入の自粛要請をしてまいっております。六十年の二千五百二十九キログラム、五十九億九千万ドルの実績に対しまして、昨年は三キログラム、七百万円というふうに輸入額は激減して十分な効果が上がっているというふうに認識をしております。 最後に、銑鉄、鋼材についてでございますが、昭和六十一年十月に措置を実施して以来、六十一年は七十八・五万トン、百八十九億円余りの輸入実績があったわけでございますが、昨年は四十四・五万トン、トン数にいたしまして四三・三%減、金額で百一億円余りでございまして、四六%余りの減と大幅な減少となってまいっておりまして、私どもとしては着実にその効果を上げているというふうに考えております。○田渕勲二君 今の説明のとおり、外交的にあるいはスポーツ。学術、文化の関係では、確かに今外務省からお話があったように、相当そうした抑制がやられていると思うのですけれども、今も経済的な側面の説明が通産省からありましたが、金額的には余り大したことはないのであって、ほとんど余り意味のない体裁を保ったような項目が多いんじゃないかと私は思うのです。
 それはそれとして、つい先般新聞に、日本貿易会が南ア貿易高を公表する、努力を示して批判をかわすという小さい記事が載っていました。しかしここに書いてあるように、南アからの希少鉱物などの輸入は日本にとって不可欠なだけに、みずから足を縛るのはどうかという反対の声がある、こういう対応ではなかなか問題があるというような意味の記事があるんです。この希少鉱物の輸入がある限りそれほど大きな経済的な規制というものは私はできないんじゃないか、やはり国際批判に十分こたえることはできないんじゃないかと思うのですが、その関係について通産省としてはどうお考えでしょうか。○政府委員(吉田文毅君) 今先生御指摘のとおり、南アから日本へ輸入しております希少金属関係、これは世界的にも産地が南アで大方占められているというような品目が多いわけでございます。本件につきましては、米国におきましてもいろいろな議論が行われておりまして、例えば米国におきます南アからの全面的な輸入禁止措置を図ろうとするような法案におきましても、希少金属につきましては除外的な扱いをするというようなことも考えられているというふうに理解をしているところでございます。 なお、具体的に申し上げますと、白金、これは世界で南アがその産出額の八一%を占めておりますし、バナジウム、パラジウム等におきましても四二、三%、以下クロム、マンガン、金など南アがその産出額の大宗を占めるというような希少金属がかなり存在しているわけでございます。
○田渕勲二君 そういうことでしょう。しかし、いずれにしてもこの規制というものは強めていただかなきゃならぬと思います。 次に、項目を変えますが、南ア共和国の中で、特に飢餓に苦しむ南アということが最近非常に問題になっているようであります。日本でもアフリカの飢餓問題に対して取り組んでおりますけれども、南アフリカの中の飢餓状況というものが余り日本では詳しく報道されていないのであります。しかし、非常に多くの黒人の子供たちが餓死をしているということが報告をされておりますけれども、この実態について外務省はどの程度把握されておられましょうか。○説明員(小原武君) お答え申し上げます。 南アのアパルトヘイト政策のために、多くの黒人がいろいろな形の貧困や社会的不正に苦しんでいるというのは否定できない事実であろうと思います。しかしながら、南ア政府の情報規制等によりまして、必ずしも御指摘の点につきまして十分な情報を得ておりません。○田渕勲二君 日本の反アパルトヘイト委員会の楠原さんという人の、これは朝日新聞で私も見たわけでありますけれども、この楠原氏の反アパルトヘイト運動の記事の中に、黒人たちが不毛のホームランドで、六五%の子供たちが栄養失調で、あるいは二〇%が一歳未満、三〇%が二歳未満で死亡するという地方もある、非常に深刻な飢餓状況というものをこの記事で詳しく書いておられるわけです。この原因が結局、南アの黒人の子供たちが主食にしておる、人間が主食にしておるトウモロコシがとれるのでありますけれども、輸出に回されて、生産しておる黒人の口に入らないから飢えておるということがこの記事の中に書かれておるわけです。このトウモロコシの最大の輸出先が日本である。しかも、日本ではそのトウモロコシをどう使っておるかというと、牛や豚のえさに使っておるという実態が現実にあるということがこの記事の中に書かれておるわけですけれども、これはひとつ通産省としてどういうように受けとめておられるのか、この辺についてお伺いしたいと思います。○政府委員(畠山襄君) トウモロコシの南アの全体の生産というのは、はっきりした統計は私ども承知いたしておりませんが、八百万トンぐらいというようなことが言われております。それに対して日本の輸入量が確かに多いということは事実でございます。ただ、今委員御指摘のこの記事にありますように、そのことが飢餓と関係があるのかどうかについては、先ほどの外務省の御答弁のように、飢餓の原因等について実態把握が十分進んでおりませんので、私どもそこのところの認定は留保させていただきたいと思います。 ただ、トウモロコシの輸入がふえておりますこと自体は、やはりよくないというふうに認識をいたしておりまして、アメリカもトウモロコシについてこそ輸入は行っておりませんけれども、農産物全体について輸入制限を行っておるわけでございますから、そういった米国を初めとする関係国のとった措置の効果を損なうことは厳に慎しむべきだということでございまして、こういった観点から農林水産省とも協議をしながら、従来からトウモロコシについて輸入の自粛をするように要請をしてきているところでございます。ところが、六十二年はそれがふえましたものですから、さらに本年の二月にも関係業界に対してそういうことのないよう強く要請をいたした次第でございます。○田渕勲二君 問題は、農水省なり通産省がおやりになっている単に輸入を自粛するという、これは自粛の段階じゃないんじゃないかと思うんです。これは全面禁止という措置をとらなければ、私は南アのこの飢餓状況というものは克服できないというように思うんです。 しかも、このトウモロコシを大量輸入するのはなぜかということを調べると、その見返りに自動車、機械をどんどん輸出するためにどうしてもそれらのものを輸入しなければならぬ、こういうような見返りの大量輸入ということにつながっていると思うんですが、その辺はいかがでしょうか。○政府委員(畠山襄君) この朝日朝聞の先ほど御指摘の記事にそのようなことが出ていることは私も承知いたしておりますけれども、南アと日本の貿易は珍しく南アの方が出超でございます。ほかの国の場合は日本が出超の場合が多いわけでございますけれども、南アの場合には南アの方が出超で日本が入超でございます。したがって、何かを輸出するために何かを輸入しなきゃならぬというようなそういう関係に日本と南アとの関係はなっておりません。したがって、自動車を輸出すること自体が私はいいと言っているわけじゃないんですが、自動車を輸出するためにトウモロコシを輸入しなくちゃいけないというような因果関係はないと考えております。 また、輸出をしております企業とそれから輸入をしております企業とたまたま別になっておるということもございまして、そういった実態はないのではないかというふうに私どもは考えております。○田渕勲二君 いずれにしても、なかなかそうした規制措置、抑制措置が十分でないという国際批判が依然として続いています。 これは、先般のいろんな国際会議等々、私が聞きましてもあらゆる国際会議の場では日本の南ア貿易に対する批判というものが少しも衰えていない、ますます厳しいものになっておるということが、社会主義インターの大会であるとか、あるいは国際労働組織である国際自由労連の大会であるとか、二月、三月、四月にかけての国際会議でも非常に問題になっているわけなんです。 大体、日本という国は制裁破りの常習国と言われておるようです。これは、かつてベトナムのカンボジアへの侵攻で、ベトナムの制裁措置を国際的に合意されているにもかかわらず日本は西側ではやっぱり貿易のトップ国であったとか、あるいはかつて、古い話ですけれども、イランがアメリカ大使館を占領したときにもイランの原油のスポット買いをするとか、こういうように非常に国際的な制裁をしても日本はそれを常に破る、こういうイメージが定着をしているように私たちは思うんです。それに対して非常に外務省も大変なハンディを背負っていると思いつつ私はよくこの問題を見るわけであります。 先般もこの反アパルトヘイトの映画、「遠い夜明け」というものを外務省の肝いりで私も国会の中で見せてもらいましたけれども、外務省はそれなりに努力されていると私は評価をするんであります。しかし、同一政府内における外務省と通産省のスタンスというものは、私はどうも非常に大きな違いがあるように思えてならぬわけです。したがって、要は我が国がこの人道問題というモラルに対する感覚が鈍いのか、あるいは世界的な各平和団体であるとかあるいはアメリカなどを中心としたそうした国から批判があって、初めて腰を上げるということがくせになっておるのかどうか知りませんけれども、どうもこの日本の経済界の体質というものが私は非常に多くの問題を抱えているように思います。 そういう意味で、私はこの南アに対する反アパルト、本当に通産大臣も賛成だ、これをしなきゃならぬというように思われるならば、むしろ私はそうした経済制裁の先頭に日本が立つぐらいの気持ちでやってもらわにゃならぬと思うんでありまして、むしろ私たち同じ有色人種として今日の南アのこのアパルトヘイト政策に対して大変な憤りをもって対処しなきゃならぬと思うんであります。そうした意味でこの日本経済界をどのように今後リードされていくのかということについて、通産大臣から最後に一言、それらの見解をお伺いしておきたいと思います。○国務大臣(田村元君) 私は、外務省と通産省がスタンスが違うとは思っておりません。全く外交、通商は一本だと思っております。でありますから、どちらが熱心でどちらが不熱心ということはちょっとあり得ないんじゃないかと、このように思っております。 なお、先ほどのトウモロコシの問題も、これはむしろイニシアチブは農水省にあるのかもしれませんが、いずれにいたしましても改めて外務省を中心によく話し合いをさせて、その上で足並みの乱れのないように、少なくとも外部からそういう目で見られないように調整を図らせていこうかなと、そのように考えております。

-以上、議事録の中から南アフリカへの経済制裁に関する部分全体を抜粋。





政治家が、自国の経済と他国の人権問題を天秤にかけたときの判断をすることは非常に難しいことだと考えます。

アパルトヘイトという歴史上最も大きな人権侵害を行った当時の南アフリカ政府から、名誉白人の称号を得ていた日本人。

当時の政府を非難しても意味はありませんが、南アフリカから輸入したレアメタルが日本の産業に必要であり、今の日本の豊かさを作り上げることに貢献したことを我々は知る必要があるし、忘れてはならないことだと思います。

そして、差別されて安価な労働力とされた黒人の人達が作ったトウモロコシを、南アフリカから安く購入する選択をし、そのトウモロコシを食べて育った豚や牛を、我々は食べていたことを、悲しいことではありますが、知っておかなければいけないと思いました。






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