2013年10月17日木曜日

フリーダムチャーター(自由憲章)採択の地、クリップタウン

現在活動させていただいているSKYのあるクリップタウン(Kliptown)は、現在はソウェトの一部になっていますが、元々はソウェトよりも古くからあるタウンシップです。



そして、南アフリカの歴史上、重要な場所でもあります。



1955年、反アパルトヘイト体制をとるアフリカ民族会議(ANC)や南アフリカインド人評議会(SAIC)などのいくつかの組織によって自由憲章が採択された場所が、クリップタウンです。



フリーダムチャーター(自由憲章)



自由憲章は、「南アフリカは黒人、白人を問わずそこに住む全ての人々に属する」という文言で始まっています。




ウォルターシスル

ネルソンマンデラやオリバーダンボと共に、アフリカ民族会議(ANC)で活躍したウォルターシスルという人物がいました。

彼はANCの財務担当や書記長を経験し、1952年には不服従キャンペーンを展開し逮捕されます。1953年から1963年まで7回も刑務所に収監されています。

マンデラらとともにリヴォニア裁判を受け、終身刑の判決を受けます。ロベン刑務所でマンデラと懲役生活を送り、26年間を獄中で過ごし1989年に釈放されました。

ネルソンマンデラの後任として、ANCの副議長を務め、ターボムベキにその職を引き継ぎます。

そして2003年、90歳で死亡。





クリップタウンにウォルターシスルスクエアという、場所があります。


ウォルターシスルスクエア







その一角には、フリーダムチャーターの記念石、すぐ近くには、ソウェトホテルが立っています。



整備されており、綺麗な場所です。警備員も立っています。


鉄道もすぐ近くを走っています。






線路を挟んで反対側、景気が一変します。


そこは、電気も下水道も整備されておらず、トタン屋根のボロい家が並んでいます。

現在活動させていただいているSKYはそのボロい家が並んでいる地域にあります。



クリップタウン、線路の反対側







もし、観光でウォルターシスルスクエアや、フリーダムチャーター、ソウェトホテルを訪れる方がいらっしゃいましたら、是非、Soweto Kliptown YouthSKY)へ足を運んでください。
お願いします。







「シェア」と「いいね!」で活動を応援してください。
よろしくお願いします。