2013年11月2日土曜日

ヨハネスブルグでの活動を終えて

これまで、ハイチの避難民テントキャンプ、メデジン(コロンビア)のスラム街、リオデジャネイロ(ブラジル)のファベーラで活動させていただき、2013910日から、南アフリカのヨハネスブルグで活動することを決めました。


これまでは1ヵ月間を滞在の目安とし、その期間で可能な限り、現地の調査や、団体の支援活動を手伝ってきましたが、これまでと違い、治安の悪さや現地に知り合いがいないことなどを考慮し、滞在期間を50日としました。

また、ヨハネスブルグが抱える社会問題について以前から興味があり、世界の貧困を考えるための重要なヒントを得るだろうとの、期待を抱いていたことも滞在期間をこれまでより長く設定した理由でもあります。


1週間ほどホステルに泊まり、その後しばらくソーシャルワーカーとして働くフィリピンの方の家に泊めてもらいました。
南アフリカの腐敗の深刻さについて詳しく教えていただき、HIVの支援団体での活動に同行させていただきました。


犯罪に対する警察の取組みや、ITの分野で腐敗を無くすための取組みを行う団体などを訪ねました。


その後、10月は自分で部屋を借り、クリップタウン(タウンシップ)の貧困地域で、支援活動を行う団体Soweto Kliptown YouthSKY)で1ヵ月活動しました。



強盗に遭ったことがきっかけとなり、通勤時の移動リスクを減らすために、SKYへ泊まり込み、週末だけ部屋へ戻ることにしました。



SKYでは、掃除や子供の世話、食事の準備、宿題で分からないところを教えるなどの、日常的にボランティアスタッフが行う業務を行いながら、ウェブサイト製作のワークショップ開催準備や、ファンドレイジングプログラムの開発に携わらせていただきました。


また、SKYのボランティアスタッフのほとんどが、教育、アート&文化、音楽、スポーツ、観光分野で、自らの団体を持っているので、それぞれの代表から、ウェブサイトを作って欲しい、ロゴを作って欲しい、などの要求があり、空いている時間で、応えてきました。



ヨハネスブルグで学んだこと

この街で、特に注目したかった問題は、何といっても治安と貧困。


「貧困状態にあることが、人々を犯罪へと走らせる」と単純な理解をしていたけれど、この問題はとても根深いものだった。


経済が成長すれば、国民は豊かになるのか。


犯罪を取り締まれば、平和になるのか。



この問題を考えたことで、日本がどれほど進んだ国であるのかということに、気づくことになった。



経済が成長すれば、国民は豊かになる。これは、日本では成り立つ方程式です。


豊が100%分配される社会ではありませんが、国の税支出のいくらかは、弱者を救済するために使われ、その部分を厳しく監視する国民の目線が存在している。



自分が好きでない仕事をしていようが、一生懸命働けば、「社会の役に立っている」と言える社会構造なのです。


富が分配される社会構造であるかどうか。

これがなければ、いくら経済が成長しようとも、貧しい国民は救われることはない。


そして、経済の成長と、腐敗の度合いは関係性を証明できない。

腐敗は成長の足枷とはなり得るが、経済成長によって、腐敗はなくならない。




民主主義の成長によってのみ、腐敗はなくなる。

腐敗をなくすための方法は3つ。

1、腐敗は悪いことで、絶対にしてはいけないという観念を叩き込む
2、腐敗を取り締まり、厳しい刑を与える。
3、腐敗を告発した人を保護する。


権力を持った人間は、腐敗します。


警察や政治家の腐敗を無くすには、国民からの厳しい目線と権限、そして自由に報道できるメディアの働きが必要なのです。



本当に貧しい人たちの多くは、テレビやインターネットで情報を得ることもできない現状を考えると、経済成長の後の、民主主義の成長が求められると言えます。


また、格差を埋め合わせる手段として、あるいは、資本主義の成長にブレーキを掛ける手段として、NPOの支援活動への資金投入は必要なのです。


一定の知名度を持った経済評論家などは、支援よりも、ビジネスだと言い張っています。


残念ながら、世の中に出てくる情報の多くは、地位や権力を持った資本主義の犬たちによって都合がよくなるように意図されたものが多く混ざっています。

社会構造の見直しが必要なのです。


社会構造の見直しは、資本主義の犬たちによって、非常に難しく、改善するのに時間の掛かる問題になっています。


経済成長、社会構造の見直し、民主主義の成長へ、段階的に力を注ぎこみながら、螺旋階段を上るように、国は豊かになっていくのです。

長い道のりなのです。



何度も言いますが、経済成長だけでは、貧困は無くならないのです。


社会構造の見直しに踏み切れない社会で、経済だけが成長していくことは、格差を拡大させ、腐敗を助長するだけなのです。



支援活動への資金の流れを作り、加速させることは、この歪みを和らげる手段になります。


これは自分の旅の中で一番強く主張したいことでもあります。
南アフリカでの学びによって、この気持ちをさらに強めました。



残念すぎるのは、南アフリカの支援団体、NPO、学校などもまた、腐敗しているということです。


この腐敗が、資本主義の犬たちが付け入る隙、叩きどころ、となってしまうのです。






南アフリカの資本主義が成長した背景には、アパルトヘイトがあります。


資本主義によって格差が生まれたのではなく、格差を作り出すことで、資本主義を成長させたのです。

格差の指標と言われるGINI係数を見ると、南アフリカは世界で2番目に格差の大きい国となっています。(1位は南アフリカに囲まれた国レソト)




南アフリカは世界でも有数の資源国の1つです。

欲しいものは何でも手に入ります。
ですが、発展のプロセスの中で、数々の痛みを抱えています。


日本の成長過程と明らかに違うところは、技術を売ったのではなく、資源を売ってきたこと。


そして、格差によって資本主義を成長させてきたことです。



技術に比べ、資源は権力により支配されます。


隠しきれない歪みが、治安、腐敗、貧困の症状となって表れているのです。


アパルトヘイト廃止後に、多くの失業者を生み、急激に悪化した治安。


20年経った今では、改善傾向ではありますが、犯罪発生率は未だに高水準です。



周辺の国々からの移民により、仕事を奪われた南アフリカ人、それらの背景からの民族間のわだかまり。

ドラッグの蔓延。

改善されない生活環境からの絶望。




全てが治安の悪化に直結します。





見方を変えれば、犯罪者たちは、被害者でもあります。



高いHIV死亡率。

タウンシップからの出稼ぎ労働者と売春婦(売春夫)、アルコール消費の多さ、貞操観念の低さ、男性同士のセックスが行われやすい環境、刑務所内もAIDSの蔓延を後押ししてきました。


貧しい人たちにとって、ドラッグやセックスは苦痛を和らげる手段でもあります。


親を失い、教育を受けることもなく育った子供。

ドラッグが簡単に手に入る環境。

苦しい環境で、悲しいことがいくつも起きる。


ドラッグを取り締まるプロセスも、腐敗をなくすものと似たようなものでもあります。


・絶対にやってはいけない、悪いモノだと叩き込むこと
・厳しく取り締まること


これを徹底すれば、間違いなく、ドラッグユーザーは減ります。治安も一定の改善を示します。


クリップタウンでの生活や、ヨハネスブルグの街中を見て、ドラッグの蔓延は深刻であることが分かります。


ある日、SKYを訪ねてきた女性の話、



彼女はドラッグを売って、自分の団体を支えている。

これは薬なんだと言っていました。




とある土曜日の朝、

民族風の衣装を着たじいさんの周りに10人ぐらいの若者が集まり、儀式を始める。
歌を歌い、靴を脱いで、みんなで吸い始める。



これだけ蔓延していると、取り締まるのは難しい。

刑務所に収容するのもお金がかかり、罰金を払う金なんて、持っていない。




腐敗に関しても同じようなことが言えるが、自分が取り締まられて困るようなものを推し進めようとは誰も思わないもの。これだけ蔓延していれば、政治家や警察だって潔白だとは思えない。



実際にドラッグを売ることで、生活してきた人もいる。


精神的な苦痛から逃れてきた人もいる。




苦しい環境の中で、運に恵まれずに育ってきた人達を、取り締まればきれいな社会になると考えることは愚かだと悟った。



汚いモノを隠した社会は、きれいには見える。



殺人やレイプなどの、国際的に一般化された倫理に反する重大犯罪以外の取り締まりについては、「歴史的な政治運営による犠牲者」と認識されなくなるほど時間が経つまでは、慎重にならざるを得ないのが南アフリカの治安問題で、一番根深い部分であろう。



なにより、政治運営に影響が出る程に総数が大きすぎる。



ドラッグの追放に成功し、さらには、1つの産業として成り立った「たばこ」も、社会から無くしていく段階に来ている日本とは、GDP以上に大きな差がある。



ドラッグ、セックス、、、貧困者の心の痛みを和らげているもう1つは、信仰。



神を信じ、祈ること。

これによって、苦しさや痛みを和らげています。



生活はいつも苦しい。悲しいことはいくつも起きる。

人々は祈ります。


いつか国会で亀井静香氏が自民党&公明党と、創価学会の癒着を遠回しに非難するやりとりの中で、「政治だけでは国民は救えない」と、自らで言っていたのを思い出します。



治安、腐敗、格差、病気。

政治によって、改善される可能性を持ちますが、政治だけでは国民は救えないのは、まさにその通りで、未来の豊かさを創るのが政治、今の苦痛を救うには、宗教や信仰というのは、欠かせない考え方なのだと認識しました。


人道的な手法で、人々の痛みを救済しているのです。







真面目に一生懸命働いている人もたくさんいます。

一生懸命勉強する子供達もたくさんいます。


高級車に乗っている黒人もいれば、ホームレスの白人もいます。



ヨハネスブルグでの活動を終え、貧困問題を考えるとき、闘うべき相手は、社会の仕組みと誰もが持っている心の中の悪だという、出発前に考えていたことを改めて、強く感じました。











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