2014年1月31日金曜日

リーヨット・アレムを釈放せよ! その③


 
最初の発送は20147月以降の予定です。


エチオピアが支援依存体質から抜け出し、貧困を無くしていくためのプロジェクト「女性ジャーナリストを釈放せよ」その③


前回までに、お伝えしたことを整理します。

・エチオピアの人口爆発は、海外との商取引や海外からの支援によって、以前よりモノが増え、自給自足の経済が崩壊して行ったことや、コミュニティーが再編されていくことによって起きていること。

・人口が急激に増加することによって、貧困層人口も増えるので、貧困を推し量る指標が改善されていかないので、海外からの支援、人口爆発、貧困の悪循環を繰り返していること。

・政府もNGOも支援に依存し、社会全体が支援によって成り立っており、壊せないものになっていること。

・支援の多くはアジスアババで使われ、多くの腐敗が存在していることで、農村部へ充分な支援が届いていないこと。

・この状態から抜け出すには民主化が必要であり、国民が変わり、政府が変わっていくためには、自由な言論活動によって真実を伝えるメディアとジャーナリストが必要であること。

・しかしエチオピアは与党にとって都合の悪い報道をしたメディアへの制裁や、ジャーナリストを逮捕する、いわゆる言論の自由が保証されておらず、アフリカの中でも最も民主化の遅れている国であること。






34歳のエチオピア人女性ジャーナリストが逮捕される4日前に書いた最後の記事では、政府のダム計画のための資金調達方法に対する批判や、メレス首相とリビアのガダフィ氏の相似点について書かれておりました。


エチオピア政府の資金調達方法には、僕も大きな疑問を持っております。

アジスアババは大きな都市で、豊かな人はたくさんいますが、ほとんどの人が知っているエチオピアは、貧しくて枯れた土地に、家畜の死体や、痩せた子供が苦しんでいる様子。

国連の創設時からのメンバーであること

アフリカの連合の本部もあり、東アフリカ安定化のために重要な拠点であること

多くの難民を受け入れていること

人口爆発は抑えることのできるものであるが、指標を改善させずに支援を求めていること


など、エチオピアの貧困と、政府の資金調達、諸外国との力関係、民主化は深い関係があることに気付きました。

政府にとっては貧しい国民が多い方がありがたいのです。
周辺諸国が不安定である方が、エチオピア政府はお金を集めやすいのです。


貧困や、不安定な諸外国を利用して、国際社会から金を巻き上げて、自分達の懐を暖かくしているエチオピア政府にとって、民主化は恐ろしいことなのです。

非難され、権力も財産も失うことになりかねません。



実はパソコン盗難事件の後処理をお願いするために大使館へ行った際、興味深い話を聞きました。

人口爆発についての話にそっと触れてみたところ、

「人口は爆発的に増え続けていることになってます」ということでした。

人口統計の正確さに疑問を持っているようでした。

エチオピアには、戸籍も住民票もありません。
出生届けを出す人はいますが、死亡届けを出す人はほとんどいないようです。

それぞれの都市の人口配分を見ても、増えている人数が実質的に不可能な数字なのではないかという話でした。

もちろん、個人的な考えですが、とおっしゃっていましたが、僕も全く同じ見方です。


ここまで支援依存体質と腐敗が絡んでいると、エチオピアから出てくる数字そのものも信憑性に欠けます。


全ての地域を見てきたわけではありませんが、少なくとも首都アジスアババの人口密度は、ケニアのナイロビや、南アフリカのヨハネスブルグほど高くないという感覚はあります。

訪ねた農村部は広大な土地が広がり、民家が点在している程度であり、人口爆発を感じさせるものは見ていません。

これは個人的な意見になりますが、政府が多くの支援を海外からの得るために、ウソのデータを出しているのではないかとさえ思っています。



エチオピアが自由な報道によって、民主化の道を進み、国民だけでなく、我々も真実を知ることができる日がくることを心から願います。

リーヨット・アレムの釈放はその第一歩になります。


署名はオンラインで3分あればできます。
逮捕されることも、金銭的な被害を被ることもありません。
多くの支援をしている日本からの署名はインパクトがあります。


署名をお願いします。
そして、facebookなどで人に伝えてください。



署名ページ




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2014年1月28日火曜日

エチオピアの腐敗



最初の発送は20147月以降の予定です。




エチオピアへの支援はアジスアババで止まっている


首都アジスアババのような都市部に溢れるホームレスやストリートチルドレンは、エチオピアの貧困を語る上では、2次災害、3次災害の被害者であると言えます。

これらは経済成長に伴い、急速に都市部が発展していることや、旱魃により始まり、人口爆発との連動によって今では慢性的になった食糧難に加え、海外からの輸入品の増加により、インフレが起こり、都市部での貧困層人口は増加しているのです。


一方、企業だけでなく、支援団体の拠点のほとんどはアジスアババにあります。


彼らは支援によってオフィスの賃貸料を払い、給料をもらいながら、割といい暮らしをしています。

地元の求人情報でも支援団体のものが多く取り扱われております。


裾野が広すぎて壊せない支援依存体質があります。
支援産業がアジスアババで活発になる一方、アジスアババから離れた地域へは支援が届きにくい傾向があります。


交通網、通信網が発達していないことがその要因の1つです。
そして、政府や支援団体そのものの腐敗を強く訴えます。


エチオピアが貧しい国であり、多くの貧困者がいることは間違いありません。


しかし、支援が最も必要なのは、農村部での旱魃による被災者やスラム化した地域などであります。


エチオピアの支援依存体質と慢性的な貧困からの脱却のために、民主主義の成長の必要性を訴えておりますが、農村部の生活の実態を見ておく必要があると考え、この度、アジスアババから350キロほど離れたアムハラ州のYewobesh(ヨーバシ)という村へ行ってきました。


ヨーバシでの出会いが、明確に貧困を物語っていれば、エチオピアの支援依存体質に加え、アジスアババで資金が止まってしまっていることで、支援が必要なはずの農村部の人々が困窮している構造に対して、一定の根拠を得ることができたはずです。


想像していたものと全く違うということはありませんでしたが、現実を解釈するために少し時間が必要でした。


ヨーバシの人々のほとんどは農業により生活しています。

電気はなく、地下水を組み上げる設備はありますが、雨が降らないと、地下水を得ることもできず、牛やヤギが飲んでいるものと同じ、濁った川の水を使うしかありません。

トイレはありません。


家畜の世話、水汲み、薪拾いをしている子供がたくさんいます。

裸足の子供や大人もいます。





アジスアババで知り合ったヤレムという青年の実家がここにあるので、お願いして一緒に彼の実家へ行ったわけであります。

最初、幼い2人の妹が、あまりにも元気がないので、お腹が空いて弱っているのかと思いましたが、一緒に遊んでいると段々元気になり、笑って喋るようになりました。

外国人が怖かったみたいです。



家の質は低く、ハエがたくさん飛んでいます。

インジェラと芋を食べ、コーヒーを飲みます。

父親は半年前に死んだそうです。

義理の母親は、背中に赤ん坊を背負いながら、掃除や食事の用意をしておりました。



文明がほとんど発達していないことは明らかですが、想像していたような、貧しさに喘いでいる状態とは違いました。


支援とは本来、文明の発展のために必要なものだと考えています。

そして、災害時の支援は文明の発達のための支援とは側面が異なるのです。



支援が必要かどうかの基準が、可哀想かどうか、悲しいかどうかだとすると、彼らに支援は必要ありません。



痛みとは、これまでにあったものを失った時の落差、あるいは自分だけが苦しいのではないかという恨みや嫉妬によって生まれるのです。


痛みを比べた場合には、農村部よりも、貨幣経済の発達した都市部の方が深刻なように思います。ヨーバシの子供は仕事をして、学校へ行っていない子はたくさんいますが、少なくとも自分の見た限りでは、悲しみに打ちひしがれている様子はありませんでした。


旱魃が起きた時は別です。
農作物は枯れ、家畜は死にます。

ここには痛みが生まれてきます。


災害時の人道的支援が必要とされます。



旱魃という災害が起こらない限りは、エチオピアにつぎ込まれる多額の支援は、電気、水、トイレ、道路、あるいは災害に耐えうる農業システムの強化、教育支援、医療支援などの、文明の発展のために多くが使われるべきだと思いますが、少なくともヨーバシは、その支援の恩恵を受けてはいないように思います。


一部の国際的な支援団体はアジスアババに拠点を持つこともなく、現地で発展のための明らかな成果を残している一方、エチオピア農村部では深刻な貧困がはびこっていると国際社会へ訴えながら、支援の多くをアジスアババで使っている、極めて悪質な政府と支援産業の構造が見えてきました。







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2014年1月26日日曜日

帰国予定と今後について



最初の発送は20147月以降の予定です。


帰国予定と今後について


6月からスタートしたこの旅の「出口」について考えるようになったのは、ケニアにいた12月のことだったと記憶しております。


現地のNPOを訪ね、彼らの活動を伝え、プロジェクトを立案し、日本市場と現地のNPOを資金調達によって繋ぐことを目指してやってきました。


構想を描いたのは2011年終わりのこと。

貧困削減を目指して、有意義で革新的な取り組みを行うNPOや活動家のための、資金調達を可能にするウェブサイトの構築と運営のシナリオを考えました。


クラウドファンディングという言葉は使っていませんでしたが、そのようなものです。

構想の中には、民主化の遅れた国や、女性に与えられた権限が著しく低い国において、不当に逮捕されたジャーナリストや人権活動家の保釈金の調達や、貧しくて手術を受けることのできない難病の子供の手術費用の調達というものもありました。


めちゃくちゃな計画だったかもしれません。


何人かに計画を見てもらいながら、自分にできることの範囲や、ターゲットを絞り込み、サイト運営者ではなく、プレイヤーとして現場で勝負をすることにしたのです。


出発前の数ヶ月の間、偶然にもクラウドファンディングサイトFAAVO山口の立ち上げに関わることになり、それぞれの国でクラウドファンディングのプロジェクトを立ち上げようという発想が湧いてきました。


プロジェクトアイディアは泉のように湧いてきますが、資金調達の難しさに気づくことになりました。

現場で行った調査に基づいた資料は、大変に感謝されましたが、資金調達の試みは失敗に終わったハイチのプロジェクト、成功はしたけれど、友達以外からの支援はほとんど集まらなかったコロンビアのプロジェクト。


発想の転換が必要でした。


自分が実行者として立った場合の資金調達を、今後も成功させていくだけの基盤と手法が明らかに未熟だったのです。


コミュニティ開発のプログラムに参加したブラジルでは、今振り返っても大変貴重な経験をしたことは間違いありませんが、勝負しに来た以上、特定のプロジェクトを立てることができなかったことに残念さはあります。


南アフリカでは、自分が実行者として立たずに、団体が持つ既存のコネクションを活かした、団体主体のプログラムの開発と、資金調達の戦略について、精一杯の助言をしてきました。一番成果を残したのは南アフリカだったと思います。


手法が尽きていく中、ジンバブエでは自転車20台プロジェクトを立て、チームを組んで募金箱の設置協力の呼びかけを行う作戦に挑みました。
これもまた、自分が直面した、友達以外からの支援という壁を越えるためのアイディアでした。


ケニアでPower Women Groupに出会い、オンラインショップのオープンをすることができたのは、奇跡のような運命でした。


既に手法も尽き、現地へ行けばまた運命的な出会いや、新しいアイディアが出てくるだろうと信じ、臨んだエチオピアは、支援依存体質の特徴が見られたことと、オンライン署名キャンペーンに偶然出会えたことで、ここでも新しい手法のプロジェクトが出せます。


問題は今後も同様に、運命的な出会いと閃きによって、現地からプロジェクトが出せるだろうかということです。

伝えれば誰かの行動に変化が起きるかもしれない。
見た人が何かしてくれるかもしれない。


活動を始めたころは、そう考えたこともありましたが、今は自らでそれを否定します。


考えを変えさせ、行動を起こさせるためには、現地での貧困の背景、症状を伝えることに加え、特定のプロジェクトを立てることは不可欠なのです。

それなしには、貧しさを見せびらかしているのと何も変わらないのです。 


国を渡れば渡るほど、抱えるプロジェクトが増えます。
これは、マーケティングリソースが分散されることにもなり、1つずつのプロジェクトのインパクトが落ちてしまいます。


運命に任せてアイディアが湧いてくることに期待するよりも、自分の足りなさを素直に認め、今抱えているジンバブエ、ケニア、エチオピアのプロジェクトを成功させることに力を注ぐ方が、誠実ではなかろうかと思うのです。


自分が1人で現地に乗り込んで勝負できることも十分に分かりました。



アイディアの行き詰まりとマーケティングリソースという問題から、これ以上の国と団体を訪ね、何ヶ月旅した、何カ国訪ねたということにあまり意味は無いように思うのです。


そういうわけで、旅を始めて1年が経つ5月末に、全くお金が無くなった状態での帰国という当初の予定を変更します。


2月はレバノンでシリア難民のキャンプでのボランティアを予定しております。
その後、3月はインドに10日から2週間ほど滞在します。インドでは病院関係を訪ね、自分の宿題を調達します。

そして、抱えたプロジェクトを達成するために、体力を残した状態で、3月後半に帰国します。


帰ってすぐに、個人事業主として収入を得る体制と、NPO法人の設立を考えています。

本の出版と講演会もやるつもりでいます。



成田空港へ赤じゅうたんの用意をお願いします。



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2014年1月24日金曜日

リーヨット・アレムを釈放せよ!その②


 
最初の発送は20147月以降の予定です。


エチオピアが支援依存体質から抜け出し、貧困を無くしていくためのプロジェクト「女性ジャーナリストを釈放せよ」その②


その①では、エチオピアは海外からの支援や海外との商取引によって、慢性的な貧困と、支援依存体質の悪循環を繰り返しており、今の状態から抜け出すためには、民主主義の成長が必要であるという話をしました。
国民が変わり、政府が変わることが必要だという話でした。

そのためには、自由な言論活動によって、国民に真実を伝えることのできるメディアとジャーナリストがエチオピアに必要なのです。

そして、2011年に逮捕され、現在も刑務所に入れられている、エチオピアの女性ジャーナリスト『リーヨット・アレム』を釈放するための署名活動への協力を申し出ました。



僕にできることは、日本の皆様に署名のお願いをすることです。





『エチオピアに多くの不公平や不正義、権力による不正な圧力がある限り、私は記事によってそれらを明らかにし、戦っていかなければならない。』ー リーヨット・アレム


リーヨット・アレムは34歳のエチオピアの女性ジャーナリストである。
【2013年ユネスコ・グイラーモカノ世界出版自由賞を授賞】


高校で英語を教える傍ら、新聞社へコラムを寄稿し、自らも月刊誌の出版を行うジャーナリストとして活動していたアレムは、政治の問題、貧困、女性などについて、言論活動によって、エチオピアの不正義や腐敗を訴えていました。

そして、給料の一部で貧しい家庭の生徒を支援していました。



逮捕される4日前、アレムは支配的な政治政党によるエチオピアのダム建設計画のための資金調達方法を辛口で批判する文章を書き、リビアの独裁者カダフィ氏とエチオピアのメレス首相に共通する方向性を書き上げていました。


これを最後に、彼女は授業を行っていた高校で逮捕されました。

テロの容疑がかけられ、不公平な裁判によって、14年の禁固と33000ブル(18万円)の罰金の刑を受けることになりました。

後に14年から5年へと刑期は短縮され、彼女にかかった容疑のほとんどは軽減されましたが、今も刑務所で、親以外との面会は禁止された状態にあります。

父親によると、彼女は片方の乳房の痛みと出血を訴えており、乳癌の可能性がありますが、検査を受けることさえ認められません。


おかしいと思いませんか?


エチオピアの支配正当であるエチオピア人民革命民主戦線は、彼らにとって好ましくないメディアやジャーナリストの活動を厳しく制限しているのです。


権力による、メディアやジャーナリストの取り締まりについては、日本でも秘密保護法案の是非が議論されたことによって、想像しやすい人も多いかと思います。



今日は、エチオピアの国家権力に対して、日本人からの署名の集まった要望書を提出することの大きな意味について書きます。



このオンライン署名活動によって署名された釈放の要望書は、国連の女性問題、人権問題の責任者や、エチオピアの政府に向けて送られます。


以前、エチオピアの難民問題について書いたときに、国際機関や、先進国とエチオピアの力関係について触れております。

エチオピアが、彼らにとって全くメリットのない難民の受け入れをしている理由は、国連設立時からのメンバーでありながら、支援無しには成り立たない国家であるため、多くの支援をしている国際機関や先進国に対して、ノーと言えないエチオピア政府がいるためだと考えます。

エチオピアが支援漬けになっている以上、不利な立場の外交になってしまうのです。


日本はエチオピアに対して巨額の支援をしている国の1つです。
日本とエチオピア政府の力関係は明らかです。


日本人がエチオピア内部の問題に関心を示し、署名をすることは、エチオピア政府に対して大きなプレッシャーを与えることができると考えるのです。


これが、日本人がこの問題の解決に向けて署名することの大きな意味です。



エチオピアが自ら変わって行くことは出来ません。
海外から、その力関係を利用したプレッシャーをかけていくことが、リーヨット・アレムを釈放し、民主化に向けた一歩を踏み出すことの鍵を握っているのです。


そしてもう一点、
リーヨット・アレムは、2013年ユネスコ・グイラーモカノ世界出版自由賞を授賞しました。刑務所にいるため、賞を受け取ることはできませんが、国連の組織であるユネスコが、彼女の活動を評価したということです。

そして、国連設立時からのメンバーであるエチオピアによって、アレムは刑務所生活を強いられているのです。


国際社会の認識では、間違いなく、リーヨット・アレムは「正義」です。


この判断に加え、署名の集まった釈放の要望によって、諸外国からの見方に気づいたエチオピアが、アレムを釈放する可能性は十分にあります。




これを見てくださった皆様、エチオピアが民主化によって、慢性的な貧困と支援依存の悪循環から抜け出すために、オンラインでの署名に協力してください。


署名することで逮捕されることも、金銭的な被害を被ることもありません。
署名は3分あればできます。

どうか署名してください。
そして、フェイスブックやツイッターで人に伝えてください。


署名と拡散を、お願いします。



署名ページ






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2014年1月21日火曜日

リーヨット・アレムを釈放せよ その①



最初の発送は20147月以降の予定です。


エチオピアが支援依存体質から抜け出し、貧困を無くしていくためのプロジェクト「女性ジャーナリストを釈放せよ」その①


まず、前回までに書いた記事の内容を少し整理します。


高い経済成長率を達成しながらも、今でも世界最貧国の1つであると言われているエチオピア。

紛争中の国を除くと、世界で最も多くの海外からの支援を受け続けているにも関わらず、貧困の度合いを測るそれぞれの指標が、いつまでも最貧国の水準を抜け出すことが出来ない理由に、人口爆発があります。


人が急激に増え続ける限り、土地は育たず、食糧難を招き、

人口が増え続ければ、学校が増えても、教育を受けることのできない子供は減らない。

長生きできるようになっても、若くして命を落とす子供や赤ん坊も減らない。




人口爆発こそが、エチオピアをいつまでも最貧国であり続けさせているのです。




そして、人口爆発は、貧しさによってもたらされるものではなく、豊かさによってもたらされます。

これは自然界の法則です。豊かであれば、繁栄し、貧しくて食べ物がなければ衰退します。


この法則を崩し、人口爆発を引き起こしている原因を2つ上げます。


海外との商取引と、海外からの支援です。


商取引においては、海外から輸入することによって、モノや食べ物は増え、豊かになっていきます。一方で、外貨を得るための輸出品として、食べることのできないコーヒーなどを多く作ることになり、自給自足の生活は衰退していきます。


海外からの支援においては、人道的観点で行われている食糧支援や医療支援が、死ぬ運命にあった人を生かし、寿命を長くします。貧しくても人は減らず、特に食糧支援は自給自足の衰退を招きます。


自給自足の衰退がもたらすものは、貨幣経済の成長と、コミュニティの破壊です。
モノは増え、豊かさを手に入れていく代わりに、村社会で自給自足が成り立っていたころには起こらなかった人口爆発が、現代になって起きているのです。


そして、人口爆発と食糧難の悪循環を繰り返し、慢性的な支援依存体質ができあがっています。

この状態が長く続いたことによって、政府も国民も含めた社会構造全体が、支援なしには成り立たない状態になっています。


表向きの支援受給者である貧しい家庭や、弱い立場にある女性や子供だけでなく、支援活動に携わる人間も、政府も、支援によって収入を得て、暮らしています。

支援の歴史が長く、文化や社会構造までも形成していると、そこから抜け出すことは容易ではないのです。

政府が支援依存の体質から抜け出そうとしない理由があります。


自分たちが支援により得をしているだけでなく、支援を受けている人間の範囲が広すぎて、壊せないものになってしまっているのです。

このバランスを崩すと、失業者は増え、貧困は拡大し、今の政府は選挙で地位や権力を失うことになります。


だから国民も政府も、進んで、支援依存からの脱却に取り組まないのです。

政府が変わらなければ、エチオピアが支援依存体質から抜け出し、慢性的な貧困の状態を解消することはできないのです。

そのためにはまず、国民が変わらなければなりません。



これに気付いた時、これまでのように現地のNGOやNPOへの支援を呼びかけるやり方では、必ずしもエチオピアの貧困は解消されないという結論に達しました。


エチオピアの国民が変わり、政府が変わり、慢性的な支援依存と貧困のサイクルから抜け出すために、エチオピアに必要なのは、「民主主義」の成長です。

国民の意識を変える、自由な言論活動を行うことのメディアとジャーナリストが必要なのです。


実はエチオピアは、アフリカの中でも最も報道の規制が厳しい国の1つなのです。

逮捕されているジャーナリストの数は、隣のエリトリアに次いで2番目の多さです。



この度、2011年に不当逮捕されたエチオピアの女性ジャーナリスト、「リーヨット・アレム」を釈放するための署名の呼びかけに協力させて欲しいと、現在、オンライン署名サイトチェンジ.org で署名活動を行っている国際女性メディアファンデーションに申し出ました。


僕にできることは、日本からの署名を集めることです。


これを見てくださった皆様、エチオピアが民主化によって、慢性的な貧困と支援依存の悪循環から抜け出すために、オンラインでの署名に協力してください。


3分で署名することができます。
逮捕されることも、金銭的な被害を被ることもありません。


どうか署名してください。
そして、フェイスブックやツイッターで人に伝えてください。


よろしくお願いします。



今後もリーヨット・アレムの人物像、逮捕された経緯、国際社会の反応、なぜ日本人の署名に意味があるのか、などについて、シリーズで伝えてまいります。

署名と拡散を、重ね重ねお願いします。



署名ページ




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2014年1月18日土曜日

振出



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2014年1月14日火曜日

支援漬けのエチオピアと支援する国々の思惑


最初の発送は20147月以降の予定です。









発展のプロセスの中での格差は必然的に生じてくる。

開発への協力、格差の埋め合わせ、弱者の救済というのが、支援の本来あるべき姿ではなかっただろうか。



エチオピアへ来て10日あまり、エチオピアの社会問題や支援団体について調べておりますが、支援によって、状況が改善されているように見えてこないのです。


支援の恩恵を受ける人はいますが、全体を見たときに、支援市場の規模に比べて、指標がその成果を十分に反映したものになっていないということです。


その理由を考えてみたところ、エチオピアの特異性がいくつか見えてきました。



1、支援団体の主導権がエチオピア人にない

海外の創設者、海外からの資金によって成り立っている団体が多く、現場に意思決定権がありません。海外で集められたお金の使われ先として存在しているようなところが多いです。支援内容も、何かを買い与えるといった、シンプルで、消費された後は何も残らないようなものです。支援によって給料を貰っているNGO職員が、支援受給対象者へ何かしらのサービスを提供している構図。強い違和感を覚えました。



2、支援団体の拠点が首都アディスアババに集中

エチオピアの貧困問題で最も深刻なものは、何かというと、飢餓です。飢餓といえばエチオピアというくらい、国際機関はエチオピアの飢餓問題を対外的に伝え続けてきたにも関わらず、その最も深刻であるはずの農村部ではなく、活動拠点がアディスアババになってしまっていることで、必要な地域へ支援を届けるために余計にコストがかかる上に、現場の声は反映されにくい構造ができあがってしまっています。さらには意思決定機関が海外になってしまうと、支援の対象者が、NGOの現地雇用者なのか、本来の支援対象者なのかも怪しくなってきます。


3、貧困を象徴する国になってしまったこと

数字上の経済成長率では、エチオピアはかなり優秀です。つまり豊かになる人も増え、これが人口爆発の原因であると、前回書いております。


過度に人口増加が起きれば、当然、貧困層人口の総数も増え、教育を受けることのできない者の数や、死亡者数、平均寿命などが指数上の改善を示さないのです。

実際には、日本のJICAよる技術協力など、国際的なNGOによる農村部での活動は、インフラの整備や、農業の発展に大きな成果を残しております。

一概に、支援がエチオピアをダメにしているようなことは言えないのですが、アディスアババで職員の給料や、オフィスの家賃を払い、さらなる支援を獲得するために動いている団体では、支援依存体質ばかりが強化され、労力が農村部へと届いていないようなことが起こります。

今では、人口爆発と飢饉という2次災害によってもたらされたインフレが、都市部の貧困という3次災害を生み出しており、同様に支援を必要としているのです。

NGOの活動も、旱魃の被害者救済だけでなく、多岐に渡ってきております。

今ではアディスアババを拠点とし、アディスアババで、子供や女性を支援している団体の方が多いようでもあります。

小中規模の団体だと、農村部への支援を行うことが難しく、結局、大規模な国際的NGOでしか、その分野に入っていくことができないのです。


そして、NGOそのものが雇用を生み出し、経済を支えるほどになってしまっていると、支援依存体質から抜け出していくことは容易ではないのです。



一方、先進国側へ伝わってくる情報と言えば、貧しいことを象徴する指標や、枯れた土地で、やせ細り、険しい表情の人々の写真。


団体の職員が資金繰りをどうしようかと、頭を抱えている写真のほうがよほど、誠実で説得力があるように思えます。



農業に依存した、文明が発達していない状態と貧困は違います。
物が豊富にないことと、貧しさに喘いでいることは違います。



これは発展途上国の現場感覚がある人にしか、理解しにくい部分なのかもしれません。

先進国に住む人は、生活水準の低さを見て、「貧しい」と考える傾向にあります。

実はテレビがなくても、毎日同じものしか食べていなくても、温かいお湯で体を洗うことができなくても、幸せに生きている人はたくさんいるのです。


さらには、一般的に貧しいと呼ばれている国の中にも、豊かな人は存在しています。

エチオピアが貧しいと、一括りに表現するのは間違っているのです。






支援は必要だと思っています。
文明が発展することも必要だと思っています。


文明が発達することで生まれてくる「弱者」を救済するための支援は絶対に必要だと思うのです。



しかしながら、文明の遅れを貧困だと言い、人道的な支援という名目での海外からの支援や、雇用創出の影に隠れ、公平性を欠いた取引による搾取が、更なる不幸を招いているのが、このエチオピアという国なのです。



支援の外枠を考える立場の人たちが、貧困の原因と、重み付けに失敗していることで、現在の事態を招いているとも考えています。



長期的にエチオピアを開発し、貧困削減に取り組んでいくためのガイドラインの策定にあたる際には、どの問題に、どれほどの力を注がなければならないのかを正確に理解し、判断することが求められたはずです。


学校で教育を受けることができないことが一番深刻な問題なのか

女性に認められた権限が低いことが一番深刻なのか


さらに言えば、5歳で死ぬ子供と、生まれてすぐに死ぬ子供のどちらを救うことの優先順位が高いのかということを、人道的支援という表現で逃げずに、勇気を出して深い議論をしなければなりません。



それができないままに、エチオピアの貧困マーケティングは成功してしまったために、莫大な額の支援の行先は迷走し、支援依存から脱却できない現在の状況は作り出されていると考えています。 




対外的には、人口爆発は貧しさが原因で引き起こされていると言われ、総数では改善されていかない一部の指標によって、今でもエチオピア=貧しいと、広く認識されています。




なぜエチオピアが支援漬けにされて、貧困の代名詞のような国になってしまったのか。


2011年のデータによると、海外からの支援総額で、エチオピアは世界第三位。
紛争地を除くと、世界で1位なのです。






どうして、中央アフリカ、ジンバブエ、シエラレオネ、カンボジア、ネパールではなく、エチオピアなのか、ということを考えてみました。



健全な見方をすると、1つは、貧困層の人口が圧倒的に多いことだろうと思います。
そして、自力では貧困国からの脱却が難しい地理的条件があろうかと思います。



その他に思い当たることがいくつかあります。

エチオピアは内陸国であり、周辺の国々(ソマリア、エリトリア、スーダンなど)は政治が混乱しており、友好関係が築くことのできていない状況下で、空路を利用した安価なコーヒーなどの取引を拡大させることで、貿易赤字は膨らんでいきます。(エチオピアの貿易赤字額を最も増やしているのは中国です。)


取引相手国である先進国は、その埋め合わせをするための支援を行っている、という見方もできるのではなかろうかと考えます。




さらに、周辺の国々からの難民の受け入れ先にもなっているエチオピアを支援することは、実は周辺諸国の支援でもあるように思えるのです。

難民の受け入れには大きなリスクが伴うので、エチオピアの判断ではないとは思っていますが、莫大な額の支援を受けているエチオピアが、国際機関や諸外国に対してどれほどの発言力を持っているのかははっきり言ってわかりません。


分からない理由として、エチオピアは独立国として、国連発足時のメンバーでもあり、支援が文化となり、歴史を作ってきているという一面も持っているということを上げます。
国連とエチオピアの関係を、表に出てくる情報以外に考える材料がありません。



アフリカ連合、国連アフリカ経済委員会の本部がアディスアババにあることも、エチオピアと仲良くして、エチオピアだけではなく、アフリカ諸国との関係構築をしたいという狙いもありそうです。






国連のミレニアム開発目標を達成するために、先進国はGNP0.7%以上のODAを拠出しなければならないという取り決めがありますが、先進国がそれぞれの国へ拠出する金額には違いがあります。これは単純に、どれほどの支援を求めているかということ以上に、先進国側の戦略も関わってくるものです。



エチオピアと友好関係を築くことで、将来どのような恩恵が期待できるのか。


・東アフリカの経済拠点としての成長
・不安定な周辺国の安定化のため、あるいは軍事拠点として
・金、銀などの埋蔵資源
・人口規模というリソース

といったものが考えられます。



「戦略的支援外交の最たる標的」ということができるのではないでしょうか。




高い経済成長率を示し、多くの支援を受けていて尚、最貧国の1つと言われているエチオピアの支援市場の特異性が見えてきました。



同時に、自分は何をすればいいのだろうと、今までで一番悩んでいます。


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2014年1月12日日曜日

なぜエチオピアは貧しいのか、自分なりの結論を出してみた。










アフリカ諸国が貧しい理由として、よく言われていることが2つあります。

・過去の欧州による植民地化や奴隷制度と、それによって生まれたあらゆる格差を現在まで引きずっていること

・収奪的な独裁政治と社会構造によって、富や社会保障が国民に分配されないこと


です。




エチオピアに関しては、これらの理由が必ずしも当てはまりません。



1936年~1941年の間はイタリアの侵攻を受けますが、イギリス軍の支援を受け、エチオピアは植民地化されることはありませんでした。(修正)


そもそも広大な土地に、複数の民族が住み、異なる言語を話し、中央集権体制の整っていないエチオピアを完全に植民地化することは容易なことではありません。


植民地時代を経験している他のアフリカの国とは、貧困の背景や歴史が全く異なるということになります。





次にエチオピアの政治について考えてみます。



収奪的な独裁政治や、富の分配されない社会構造かと言えば、半分はイエス、半分はノーです。



エチオピアの政党を見てみると、「エチオピア人民革命民主戦線(EPRDF)」、「アムハラ民族民主運動(ANDM)」、「ティグレ人民解放戦線(TPLF)」、「オガデン民族解放戦線(ONLF)」、「統一オロモ解放戦線(UOLF)」など、他国ではテロ組織扱いされそうな名前の政党が並んでおります。



「みんなの党」のようなかわいらしい名前はどこにも見当たりません。




彼らは政党であり、それぞれの民族を代表する軍でもあるのです。
政治思想や、政策によって集結したグループではないのです。



それだけでも、政治運営が容易ではないことが分かります。



政治の主導権を握ったとしても、他民族国家であるが故、中央集権化することもなく、国内に絶大な支配力を及ぼすことができないのです。


つまり、独裁化することはありえないのです。



ただし、民族単位での収奪的な政治運営が行われやすい傾向はあります。


与党となった政党(民族)は自分たちに有利な国政運営を行いたいものです。

同時に、民族的な対立を引き起こしやすいとも言えます。食糧難による疲弊さえなければ、いつでも武力衝突が起きただろうと考えています。



統治機能は明らかに脆弱であり、非民主的なのです。






この脆弱さに付け入ることで、先進国は、植民地化することなく、エチオピアに支援依存体質と、経済格差、貧困を作り出したのだと考えています。



既に人口爆発と、土地の荒廃によって、エチオピアは慢性的な食糧難に陥っております。
旱魃が起きていない年ですら、支援なしには食料の供給が行き届かないのです。


人口爆発によって、人の居住地が増え、農業用地が縮小されていく上に、土地の利用方法が継続的で計画的なものではないため、家畜に食い荒らされ、旱魃による被害を受けることで、土地は荒廃していきます。




では人口爆発は何によってもたらされたのでしょうか。




エチオピアの人口推移(CIA World Factbook


これは、貧しいために、教育を受けていないものが多く、避妊法を知らず、無計画に子供をたくさん作ることや、子供の死亡率が高いために、多くの子供を産んで、多くの労働力を確保するため、という説があちこちで言われていますが、違います。



この説が正しいのであれば、教育も医療も今よりも発展していなかった大昔から、人口爆発は起こっていることになります。


特に人口爆発と呼ばれるほどの急激な人口増加は、近年に起こっています。
貧しいことが原因で人口爆発が起きるわけではないのです。



人口増加は、豊かになる過程で起きるものです。
これは繁栄の原則です。



逆に、土地が枯れ、病気が蔓延し、食料が不足すれば、当然、人口は減少し、衰退していくのです。




豊かになる過程で起きる人口増加、それも人口爆発と呼ばれるほどの急激な人口増加がエチオピアで起きた原因は、先進国にもあります。



外国との取引が増えたことにより、物流が活発になり、これまでよりもモノは豊かになったのです。

しかし、自給自足の経済は崩壊し、資本主義経済が成長していくことになります。



外貨獲得のために、食べることのできないコーヒーをたくさん作ることになり、それでも売ればお金になるので、豊かになり、増産のために労働力も増えていきます。


繁栄と人口増加の土台が出来上がっていくことになったのです。



先ほども述べたとおり、無計画な土地利用と人口増加により、土地は荒廃していきます。



そこへ旱魃の被害が加わると、被害はすぐに深刻なものになるのです。



旱魃による飢饉で多くの死者を出していますが、それでも人口爆発を起こしているのは、飢え死にをしたであろう人々を食糧支援で救済し、医療支援によりさらに死亡率を下げたことが原因ではないでしょうか。


災害に見舞われても人口が増え続けているのは異常です。



不幸にも、人道的支援が、さらなる貧困を招いているということなのです。



ザンビア出身でアメリカの経済学者ダンビサ・モヨの「DEAD AID」を読んだことがありますが、今ようやく、彼女の言っていることが理解できました。
日本語では「支援が発展を妨げている」とか、そんな感じだったと記憶しております。



さらに彼女の本では、エチオピアについて
「エチオピアの国家予算の97%は海外からの支援によるものである。エチオピア政府は、革新へ取り組む意欲に欠け、支援依存体質から抜け出す努力をしていない。」
と書いてあります。



確かに、現在の支援依存体質はエチオピア政府の脆弱さからも来ています。
先進国だけの責任にできないのは、発展のプロセスの中でも人口爆発を抑えてきた中国のような例があるからです。



そしてエチオピア人の考え方にも原因があるようです。



せかせかと働いて、経済的に裕福になることを求めていないのです。
逆に、豊かな人は「悪」だと考える傾向にもあるようです。
一方、街中の物乞いの人たちへ、お金を渡しているエチオピア人もよく目にします。



何人かのエチオピア人から話を聞きましたが、これらはエチオピアの宗教から来ている考え方だそうです。



資本主義経済で持続的な好循環を生み出すために、圧倒的に必要なものは、豊かな暮らしを手に入れたいという「欲望」、そして困窮することへの「不安」です。



多くの人が同様に貧しい状態にあれば不安も少なく、さらには金銭的欲求が乏しいとなれば、グローバル資本主義経済の中では、食い物にされるだけで、自力で活路を見出していくことはできません。



これが支援依存体質を作り出しているのです。




エチオピア人そのものの考え方と、政府の脆弱さが、戦略的支援外交とグローバル資本主義の餌食となり、自給自足の衰退と人口爆発を招いた上に、土地の荒廃と食糧難の悪循環を繰り返しながら支援依存体質からの脱却を困難なものにしている。

と、最後に結論付けておきます。


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