2014年1月14日火曜日

支援漬けのエチオピアと支援する国々の思惑


最初の発送は20147月以降の予定です。









発展のプロセスの中での格差は必然的に生じてくる。

開発への協力、格差の埋め合わせ、弱者の救済というのが、支援の本来あるべき姿ではなかっただろうか。



エチオピアへ来て10日あまり、エチオピアの社会問題や支援団体について調べておりますが、支援によって、状況が改善されているように見えてこないのです。


支援の恩恵を受ける人はいますが、全体を見たときに、支援市場の規模に比べて、指標がその成果を十分に反映したものになっていないということです。


その理由を考えてみたところ、エチオピアの特異性がいくつか見えてきました。



1、支援団体の主導権がエチオピア人にない

海外の創設者、海外からの資金によって成り立っている団体が多く、現場に意思決定権がありません。海外で集められたお金の使われ先として存在しているようなところが多いです。支援内容も、何かを買い与えるといった、シンプルで、消費された後は何も残らないようなものです。支援によって給料を貰っているNGO職員が、支援受給対象者へ何かしらのサービスを提供している構図。強い違和感を覚えました。



2、支援団体の拠点が首都アディスアババに集中

エチオピアの貧困問題で最も深刻なものは、何かというと、飢餓です。飢餓といえばエチオピアというくらい、国際機関はエチオピアの飢餓問題を対外的に伝え続けてきたにも関わらず、その最も深刻であるはずの農村部ではなく、活動拠点がアディスアババになってしまっていることで、必要な地域へ支援を届けるために余計にコストがかかる上に、現場の声は反映されにくい構造ができあがってしまっています。さらには意思決定機関が海外になってしまうと、支援の対象者が、NGOの現地雇用者なのか、本来の支援対象者なのかも怪しくなってきます。


3、貧困を象徴する国になってしまったこと

数字上の経済成長率では、エチオピアはかなり優秀です。つまり豊かになる人も増え、これが人口爆発の原因であると、前回書いております。


過度に人口増加が起きれば、当然、貧困層人口の総数も増え、教育を受けることのできない者の数や、死亡者数、平均寿命などが指数上の改善を示さないのです。

実際には、日本のJICAよる技術協力など、国際的なNGOによる農村部での活動は、インフラの整備や、農業の発展に大きな成果を残しております。

一概に、支援がエチオピアをダメにしているようなことは言えないのですが、アディスアババで職員の給料や、オフィスの家賃を払い、さらなる支援を獲得するために動いている団体では、支援依存体質ばかりが強化され、労力が農村部へと届いていないようなことが起こります。

今では、人口爆発と飢饉という2次災害によってもたらされたインフレが、都市部の貧困という3次災害を生み出しており、同様に支援を必要としているのです。

NGOの活動も、旱魃の被害者救済だけでなく、多岐に渡ってきております。

今ではアディスアババを拠点とし、アディスアババで、子供や女性を支援している団体の方が多いようでもあります。

小中規模の団体だと、農村部への支援を行うことが難しく、結局、大規模な国際的NGOでしか、その分野に入っていくことができないのです。


そして、NGOそのものが雇用を生み出し、経済を支えるほどになってしまっていると、支援依存体質から抜け出していくことは容易ではないのです。



一方、先進国側へ伝わってくる情報と言えば、貧しいことを象徴する指標や、枯れた土地で、やせ細り、険しい表情の人々の写真。


団体の職員が資金繰りをどうしようかと、頭を抱えている写真のほうがよほど、誠実で説得力があるように思えます。



農業に依存した、文明が発達していない状態と貧困は違います。
物が豊富にないことと、貧しさに喘いでいることは違います。



これは発展途上国の現場感覚がある人にしか、理解しにくい部分なのかもしれません。

先進国に住む人は、生活水準の低さを見て、「貧しい」と考える傾向にあります。

実はテレビがなくても、毎日同じものしか食べていなくても、温かいお湯で体を洗うことができなくても、幸せに生きている人はたくさんいるのです。


さらには、一般的に貧しいと呼ばれている国の中にも、豊かな人は存在しています。

エチオピアが貧しいと、一括りに表現するのは間違っているのです。






支援は必要だと思っています。
文明が発展することも必要だと思っています。


文明が発達することで生まれてくる「弱者」を救済するための支援は絶対に必要だと思うのです。



しかしながら、文明の遅れを貧困だと言い、人道的な支援という名目での海外からの支援や、雇用創出の影に隠れ、公平性を欠いた取引による搾取が、更なる不幸を招いているのが、このエチオピアという国なのです。



支援の外枠を考える立場の人たちが、貧困の原因と、重み付けに失敗していることで、現在の事態を招いているとも考えています。



長期的にエチオピアを開発し、貧困削減に取り組んでいくためのガイドラインの策定にあたる際には、どの問題に、どれほどの力を注がなければならないのかを正確に理解し、判断することが求められたはずです。


学校で教育を受けることができないことが一番深刻な問題なのか

女性に認められた権限が低いことが一番深刻なのか


さらに言えば、5歳で死ぬ子供と、生まれてすぐに死ぬ子供のどちらを救うことの優先順位が高いのかということを、人道的支援という表現で逃げずに、勇気を出して深い議論をしなければなりません。



それができないままに、エチオピアの貧困マーケティングは成功してしまったために、莫大な額の支援の行先は迷走し、支援依存から脱却できない現在の状況は作り出されていると考えています。 




対外的には、人口爆発は貧しさが原因で引き起こされていると言われ、総数では改善されていかない一部の指標によって、今でもエチオピア=貧しいと、広く認識されています。




なぜエチオピアが支援漬けにされて、貧困の代名詞のような国になってしまったのか。


2011年のデータによると、海外からの支援総額で、エチオピアは世界第三位。
紛争地を除くと、世界で1位なのです。






どうして、中央アフリカ、ジンバブエ、シエラレオネ、カンボジア、ネパールではなく、エチオピアなのか、ということを考えてみました。



健全な見方をすると、1つは、貧困層の人口が圧倒的に多いことだろうと思います。
そして、自力では貧困国からの脱却が難しい地理的条件があろうかと思います。



その他に思い当たることがいくつかあります。

エチオピアは内陸国であり、周辺の国々(ソマリア、エリトリア、スーダンなど)は政治が混乱しており、友好関係が築くことのできていない状況下で、空路を利用した安価なコーヒーなどの取引を拡大させることで、貿易赤字は膨らんでいきます。(エチオピアの貿易赤字額を最も増やしているのは中国です。)


取引相手国である先進国は、その埋め合わせをするための支援を行っている、という見方もできるのではなかろうかと考えます。




さらに、周辺の国々からの難民の受け入れ先にもなっているエチオピアを支援することは、実は周辺諸国の支援でもあるように思えるのです。

難民の受け入れには大きなリスクが伴うので、エチオピアの判断ではないとは思っていますが、莫大な額の支援を受けているエチオピアが、国際機関や諸外国に対してどれほどの発言力を持っているのかははっきり言ってわかりません。


分からない理由として、エチオピアは独立国として、国連発足時のメンバーでもあり、支援が文化となり、歴史を作ってきているという一面も持っているということを上げます。
国連とエチオピアの関係を、表に出てくる情報以外に考える材料がありません。



アフリカ連合、国連アフリカ経済委員会の本部がアディスアババにあることも、エチオピアと仲良くして、エチオピアだけではなく、アフリカ諸国との関係構築をしたいという狙いもありそうです。






国連のミレニアム開発目標を達成するために、先進国はGNP0.7%以上のODAを拠出しなければならないという取り決めがありますが、先進国がそれぞれの国へ拠出する金額には違いがあります。これは単純に、どれほどの支援を求めているかということ以上に、先進国側の戦略も関わってくるものです。



エチオピアと友好関係を築くことで、将来どのような恩恵が期待できるのか。


・東アフリカの経済拠点としての成長
・不安定な周辺国の安定化のため、あるいは軍事拠点として
・金、銀などの埋蔵資源
・人口規模というリソース

といったものが考えられます。



「戦略的支援外交の最たる標的」ということができるのではないでしょうか。




高い経済成長率を示し、多くの支援を受けていて尚、最貧国の1つと言われているエチオピアの支援市場の特異性が見えてきました。



同時に、自分は何をすればいいのだろうと、今までで一番悩んでいます。


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