2014年7月18日金曜日

【ハイチ】避難民キャンプCapvvaの閉鎖





「生きることは苦しいこと。」


ハイチ人の多くはそう思っている。

また、そう言っている人を何度も見た。





大地震、ハリケーンといった天災が、これでもかというほどハイチを襲ってきた。


ハイチは西半球で最も貧しい国と言われています。


地震やハリケーンの被害で、貧しい国になったわけではなく、


西半球で最も貧しい国に大地震やハリケーンが直撃しているのです。






灰色の水溜りで肋骨が剥き出しになった犬が水を飲んでいたり、

いつも渋滞で進まない車に、子どもが寄ってきては何かを貰おうと必死になっている。


洪水で浸水したテントにしか、住む場所のない人達が、今も30万人以上いるようです。






最初の活動場所はハイチにした。


自分に何ができるのかなんて、はっきり言って何も分からなかった。



英語で仕事をしたこともなかったし、先進国以外の国へ行くのは初めてだった。


できることを全力でやろうと、思った。





今日、これを書いているのは、僕が働いていたテントキャンプCapvvaに大きな変化があったから。




現地にいるとき、特に熱心に取り組んできたのは、Capvvaの移転プロジェクトだった。



移転が必要な理由がいくつかある。




テント生活が不衛生で、人間らしい生活とは言えず、この状況を救わなければならないという訴えがある。



耐震設計基準をクリアして鉄筋コンクリートの家なら人間らしい住居なのか。



オートロックならもっと人間らしいか。



シャンデリアがぶら下がってないとまだ人間らしくないかもしれない。







結局、人間らしい暮らしをするための住居の基準ってのはあいまいで、人道支援なんて言葉はいささか胡散臭い部分もある。




本当に困っているかどうか、という目で観察してみることが必要だろうと思う。




そういう観点を持った上で、ハイチのテント生活者は本当に苦しんでいると、僕は自信を持って言います。




特に女性がテント生活の苦痛を訴えます。

蚊がうるさくて寝られない。大雨で浸水して中がびちょびちょだ。というようなことを聞きました。



実際に生活環境から来るストレスを抱えている人は多く、キャンプ内では些細なことで喧嘩が起きます。


目にした喧嘩も、女性同士のケースが多かったです。


男性と比べると、昼間も家事や子育てに追われ、ストレスを発散する機会が無いことに気づきます。





ちなみに2010年に大地震が起き、現在まで4年間もテント生活をしていると考えると、相当しんどいだろうと察します。




そしてもう1つ移転が必要な理由があります。

地震直後に建てられたキャンプには、私有地に建てられたものも多く、土地の所有者から追い出されてしまうということが実際に起こります。


Capvvaも私有地に建てられているので、いつ強制退去させられるか分かりません。

だから早く新しく住む場所を、どうにかしなければならなかったのです。






移転先の候補地へ足を運び、視察をし、地権者と話をし、







炎天下のキャンプで、テントを一軒一軒訪ねて住民リストを作り、夜遅くまでパソコンに入力していた。


テントに何世帯、何人が住んでいるのかが決まらないと、移転先に何軒家を建てればいいのか、学校や協会のキャパはどれくらいにすればいいのか決まらない。


そういう調査をやった。


住民調査。気温が35度を超える日もあった。





テント1張ずつに番号を付けて管理




移転予定先の地権者との調整






調査記録を全てパソコンに入力











現地を離れても、その後の動向を見守り続けていたけれど、住民はCapvvaから退去することになった。



強制退去ではないけれど、ほとんど強制のようなものです。




IOM(国際移住機関)から1世帯500ドル程度が支払われ、Capvvaに住むおよそ2000人のうち75%が4年間のキャンプ生活を終え、キャンプのあったシテソレイユのどこかに家を借りたり、移転予定地だったチタエンへ移る人もいるようです。



実際に誰がどこへ行ったというのは、正確には伝わっておりませんが、Capvvaから人が出ていく動きが、まさに今起きているようです。



今週末には、Capvvaは閉鎖になります。



結局のところ、自分たちの力だけで移転を達成させることはできず、IOM(国際移住機関)によって今回の決断が下されたということになります。




少し嬉しかったことは、僕が作った住民調査の記録が、今回のCapvvaからの転出に役立ったと感謝されたことです。




思うことはたくさんあります。



本気で移転に向けて取り組んでいたら、自分たちの力だけでできたんじゃないか。


500ドル渡してキャンプから出て行っても、仕事のない彼らに明るい生活は望めないんじゃないか。



団体の抱えている問題もよく知っています。


現地のスタッフはクレムソンとジェームズの2人だけど、仲は悪いし、サボり癖もある。






米軍勤務のアダムが代表だけれど、遠隔指示だと中々イメージ通りに実行に移せない。


少し考え方もズレテルし。




例えば、移転のために住民調査をやってるのに、


同じ調査票に「マイクロファイナンスプログラムで事業をやりたいかどうか」も調べてほしいと言いだしてみたり、



既に移転プロジェクトを実行した他の団体の計画を参考にさせてもらえば早い話なのに、それをやらなかったり。



ハイチの建設業者に発注しないと、ハイチ経済のためにならないとか言ってたり。





考え方はすごく分かるけど、アクションが遅いんです。



IOMに最期持っていかれたら意味ない。








ハイチの建設業者とのやり取りを一緒にしていたけど、


アダムは決して「次に地震がきて崩れても、国際的な建築基準を満たしてなくてもいいからとにかく安く世帯数分の家を作りたい」と言わなかった。


誰かが勇気を出して決めなければいけないことがある。
その時には、リスクを取りに行ったり、命を天秤にかけたりしなきゃいけないときだってある。




ハイチのどこに国際的な建築基準を満たした家がありますかって。




レバノンのシリア難民支援をやってるキャロルなら翌週には家建て始めてるよきっと。


緊急の支援なら尚更、スピーディーな決断は大事だけど、それができなかったんだろう。


もちろん、アダムが毎日のようにハイチのスタッフや取締役と連絡を取って、何とかプロジェクトを前に進めていこうとして努力していたことはよく知っています。




自分だって、ハイチにずっと留まるっていう選択肢がありながら、自分の都合でハイチを離れたわけだから、全然偉そうなことは言えない。



学ぶべきことがあるとすると、小規模なNPOってのは常に完璧ではなく、どちらかというと欠点が多い分、自分の力で変えていけるところは多いということですね。


そして、取り組んだことが美しい成果になれば、誰もが納得するんだろうけど、

現実には、思いどうりにいかないことの方が多いし、実を結ばないことの方が多いのかもしれない、この分野での取り組みにおいて、出てきた結果からポジティブな要素を拾い出して誇張するよりも、ネガティブな側面と向き合って、反省に時間を費やす方が、得るものは多いのかもしれない。







とにかく、炎天下のキャンプを走り回ったことや、寝る間を惜しんで働いたあの1カ月が、望んでいた結果にならなかったことは事実です。









極論を使って正当化するなら、避難民にとっても、誰かがどうにかしてくれるのを待つんじゃなくて、キャンプに住めなくなったことで、自分でどうにかしなければならない状況ができたことになる。

人間はそんなに弱くないし、支援依存から抜け出して、自分たちの足で立つためには、そうせざるを得ない状況に自らの身を置くことってのは大事です。

いつまでも誰かがどうにかしてくれるのを待っててもダメ。ということです。




だけどNPOの立場で考えると、立てた目標は達成させなきゃだよな、って思います。



今後もハイチでの活動は続くようです。

農業分野での取り組みを始めるという話も聞いております。



ハイチへ行かれる方がいれば連絡をください。

空港までの送迎から現地でのボランティア活動まで紹介できます。






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