2016年6月19日日曜日

2016年エチオピアの旅#3

3月3日、ヤレムと2人、早朝のバスでDessieに向かいました。


バスで近くに座っていた爺さんとヤレムが仲良くなり、爺さんが家に泊めてくれることになりました。


Dessieには昼過ぎに着いて、昼飯を食いました。

爺さんはムスリムなので、違う店で食事を済ませた後、合流しました。


Dessieはそこそこ栄えていて大きい街でした。
古い家が多く、ところどころスラム化しているところがありました。


乗り合わせのタクシー(現地のバスみたいなもの)で爺さんの家まで行きました。
途中で、あれ、ビデオカメラがないぞって思って、爺さんの家で調べたけど、やっぱり無くなっていました。

バスの中からこっそり、外の景色を撮ってただけなんだけどなー。
2年前のエチオピアでパソコンもハードディスクもカメラもいろいろ取られてなくなったときに、
本体だけ残ったビデオカメラだったんだけどなー。
特殊なケーブルがなくなって、その後も使えなかったんですけど、日本に帰って、バッテリーとケーブルを買って、使えるように準備していったのになー。

居酒屋と引っ越しのバイトで貯めて、年末のセールで買った思い入れのあるやつだったんだけどなー。

まだ1日目なんだけどなー。

エチオピアに嫌われている・・・ということを思い出しました。






爺さんの家は、かなり古くてボロイんですけど、中は綺麗にしてありました。
爺さんは素朴で大人しい人でした。

ヤレムはキリスト教徒だけど、何の抵抗もなく受け入れてくれました。
エチオピアでは、ムスリムとキリスト教徒の人はうまくやっています。
異教徒どうしで結婚することも珍しくないようです。


娘さんがいて、さっそく出されたインジェラを頂きました。
家に上がるとインジェラをふるまっていただけるのは、もう儀式のようなもので、どこの家でも同じようにインジェラが出てきます。

娘さんは、2年前までサウジの王室で働いていたそうです。


インジェラを食べた後は、コーヒーを飲んで、葉っぱを噛んで過ごしました。



Dessieはかつて干ばつにみまわれ、飢饉に苦しんだという歴史があります。
今でも水にあまり恵まれている地域ではないようです。

ということを事前に聞いていたので、Dessieに来る途中のバスから、川の乾いた痕がやたらと視界に入ってきていました。


爺さんに聞いてみました。

「エチオピアで人類が発祥して、いろんな地域に生活圏を広げていきましたが、どうして水資源の乏しいDessieに人々は移り住んだのだと思いますか?」

爺さんは答えました。

「人類は適応したのじゃよ。ラクダの水やミルクによって。」

ということでした。



適応・・・考えさせられますね。
人類は環境に「適応」することができるはずなんですけど、
○○がない、●●がないと、外から何かを持ってきて解決する方法に頼りすぎているのかもしれません。

アラスカのイヌイットも、カラハリのブッシュマンも、厳しい環境の中で、知恵を使い、自らを進化させることで適応して生きていると見ることもできます。

人間が自然の一部だという見方を大切にすると、破壊係数が「1」の適応が理想なのだろうと思います。





続きはまた書きます。






【お知らせ】
2月26日(日)13:30~17:30
南青山(東京)で登壇させていただきます。
テーマは「貧しさ」です。
自分の見た「貧困」と呼ばれる地域の話や、貧しさが生んだ悲劇を例に
「いい話」ではなく、等身大の話をします。

業種、年齢関係なく、いろいろな方が来られます。
交流の時間もあるので、楽しい会になるかと思います。
(ブログ見てきましたと、言ってもらえると喜びます)

参加される方は参加ボタンを押してください▽
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